クリスティアン・ヤルヴィこそが<ヤルヴィ家の白眉>なのだ!
三国志に曰く、「馬氏の五常、白眉最も良し」。馬良という蜀の文官を評した言葉だが、いずれ劣らぬ秀才揃いの兄弟たちの中でも、眉の白い馬良が最も優れているという人物評で、転じてある集団の中で最も優れているものを<白眉>と呼ぶようになった。レコード評などでも「全集中の白眉は第6番」などと盛んに用いられているのはご承知の通りである。…こんな故事成語を持ち出したのは、ヤルヴィ家の<アンファン・テリブル>、クリスティアンの仕事ぶりがここの所際立っており、此度は編曲者のアニヴァーサリーに合わせて、マーラー編曲版のベートーヴェン・第9をリリースするという報に接したからだ。言うまでも無くクリスティアンは、レパートリーの広範さを誇る万能の職人、父ネーメと、父譲りの職人性を音楽的表出力に100%転化し得る稀代の才人、兄パーヴォを一家に持つが、実演に触れた識者の間では、クリスティアンこそが<ヤルヴィ家の白眉>であるとの呼び声が高い逸材。惜しむらくはこれまで録音レパートリーが現代作品に集中し、その真価を音盤で確かめることが困難であったが(同じレーベルにハイドンの交響曲集はあるが)、漸くこの渇が癒されることとなった。
さて、それでは演目のマーラー版「第9」だが(<新クリティカル・マーラー・エディション>による初の録音とのことで、既存盤との差異についての詳細は本稿執筆時点では不明であることをお断りしておく)、現在入手可能な2種の音源があくまでマーラーの意図~幾つかのパートの増員やヴァイオリンのオクターヴ上げなどによるロマン派成分の補強~を忠実に守ることを旨としていたのに対し、クリスティアンの解釈は純音楽的であり、「いかに聴覚上の美しさ、楽しさを追求するか」を念頭に置いているように思われる。ちなみにこの録音は2006年秋に行われたが、2年あまり後の2009年2月、父・ネーメが同曲の演奏会を行っている(LPO)。父親をして感嘆せしめるライヴだったのかも知れない。