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Autechre 『オーヴァーステップス』

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o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2010/04/13   15:35
更新
2010/04/13   15:46
ソース
intoxicate vol.84 (2010年2月20日発行)
テキスト
text:原雅明

オウテカを聴いてそんなことを感じるとは思ってもみなかったのだが、ニュー・アルバム『オーヴァーステップス』を聴き進めていく内に、ふとピンク・フロイドやタンジェリン・ドリームの音が思い浮かんできた。アンビエント的な展開や、いつになくメロディアスな箇所がそう思わせたのだろうか。やがて、そう感じられた音の類似性は、より微細な個々の音の響きやそこから作り上げられていく全体のストラクチャーというところで、僕にさらにアルヴィン・ルシエやリゲティの音を、あるいはウェーベルンの音を思い起こさせもした。といって、懐古的なことばかりを想起するわけではない。一方では、楔のように刻まれていくビートからは、微かにではあるけれど現在のダブステップやグリッチ・ホップとの繋がりを感じもする。もちろん、これまでのオウテカらしいクールでハイブリットなエレクトロニック・ミュージックという根幹に変化はないのだが、しかし、テクノやエレクトロニカのフィールドで常に注目を集め、実際多くの影響を与えてきたオウテカの音楽は、この『オーヴァーステップス』で新たな位相へと移行している。

マンチェスターのBボーイだったショーン・ブースとロブ・ブラウンの二人が、オウテカとして活動を始めてから20年以上の歳月が経っている。インダストリアル、アンビエント、インテリジェント・テクノ、ブレイクビーツ、エレクトロニカ、音響ノイズなど、オウテカの音楽を形容した言葉を羅列していくだけで、90年代以降のエレクトロニック・ミュージックの動向そのものを追いかけることができる。エイフェックス・ツインでも、ジェフ・ミルズでも、モーリッツ・フォン・オズワルドでも、あるいはカールステン・ニコライでも、オウテカのような多元的な変遷を追うことはできない。トム・ヨークが『KID A』の制作において『EP7』からの影響を口にしたように、オウテカの音楽には、その硬派なイメージとは裏腹にさまざまな角度からアクセスが可能なのだ。それは、マントロニクスがフェイヴァリットで、オブスキュアなオールドスクール・ヒップホップやエレクトロを愛し、一方でクセナキスからスロッビング・グリッスルまでを、スポンティニアス・ミュージック・アンサンブルからディス・ヒートまでを好んで聴いてきた、リスナーとしての豊かな雑食性によるところもあるだろう。良きリスナーが良きアーティストとは必ずしもならないのが音楽という世界なのだが、オウテカの場合はそのバランスが成立している。彼らの確かな耳は、彼らの作り出す音楽に奇蹟的なまでに反映されている。

90年代後半以降、オウテカに影響されるようにして、数多のラップトップ・アーティストが登場してきたが、オウテカほどの秘められた多元性を持った音は顕れなかった。ある一つの側面、例えば複雑にプログラミングされたビート構造という面だけを取り上げるのならば、傑出した存在もいた。あるいは音響の斬新さという面でも、注目すべき存在はいた。しかし、それらはトレンドの浮き沈みの中で生き残るのはなかなか難しかった。いや、オウテカですら難しい局面に立たされていたというべきだろう。それは、オウテカへの形容がエレクトロニカというところに落ち着いていってからの、つまり2000年代初頭以降の音楽状況の変化を如実に反映してもいたからだ。

オウテカがプログラミングの領域にまで足を踏み入れ、ネタを掘るようにソフトウェアのプラグインを手に入れて独自性を打ち出そうとしていたことは、パソコンの低価格化とネットでの情報の共有によって、あっという間に一般化してしまった。言ってみれば、エレクトロニック・ミュージックにおけるコモディティ化が一気に進行したのが2000年代だった。オウテカは、その間に『Confield』、『Draft 7.30』、『Untilted』、『Quaristice』とほぼ2年置きにアルバムのリリースを実現した。それは一見、順調なリリースに思えるが、沈黙をするくらいならリリースを続けるという固い意志表明のような作品が続いた。それぞれのアルバムで試みていることに違いはあるのだが、分かりやすい大きな変化を加えることはなく、振れ幅も広げることはなかった。その音を聴いていると、自分たちを取り巻く状況に対して何かをじっと待っているようにも受け取れたし、あるいは諦念のように感じるられることもあった(作品自体は決して後ろ向きではないが)。

これら2000年代のアルバムと比べて、『オーヴァーステップス』からは滞りがない、壮観ですらある印象を受ける。過去の音楽にも改めて向き合い、それらから臆することなくインスパイアを得ていることが伝わってくるからだ。オウテカが作っているのはサンプリング音楽ではないのだが、現在のサンプリングのアティチュードを共有するかのように周りの音楽との対話を再び始めた音に僕には聴こえてくる。さまざまな音楽との繋がりの中でもう一度何かを再生させようとしているのは、元Bボーイたちの面目躍如なのかもしれない。そして、オウテカはそうやって『オーヴァーステップス』でエレクトロニック・ミュージックへの貢献を果たしている。