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BOB DYLAN

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ライヴ&イベントレポ
公開
2010/04/14   18:01
更新
2010/04/14   18:29
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文/桑原シロー

 

BOB DYLAN_特集カバー

 

なんでもかんでもボブ・ディランを中心に物事を考えるディラン・フリークの2人が、約2年の時を経て再開! アンタにディランの魅力を伝えるため、今日も語り尽くすぞ!!

 

中央線下り最終電車が、信号機事故で長らく停止していた。そのすし詰め状態の車内で、ひさびさに再会したディラン・ディランのふたり。実は3年前のNY旅行で殴り合いの大喧嘩をして以来、疎遠になっていたのだ。そういえば前の再会も中央線だった。よく見ると、彼らはスーツにボブ・ディランのライヴ(※1)会場で購入したチャコールキャップという同じ出で立ちをしている。ダイサク・ディランがポケットからふと何かを取り出す。

 

シロー・ディラン(以下SD)「あ、チロルチョコ(※2)……」

ダイサク・ディラン(以下DD)「食うか? たんまりあるから。食いすぎで虫歯が痛んでな」

SD「俺もほら、山ほどあるよ。今日は〈80年代モノ〉を食べてる。お前は何日に行った?」

DD「東京公演の千秋楽。知ってるか、この日はアンコールを2回やったんだ」

SD「締めに“Blowin' In The Wind”をやったんだろ? で、アンコール前がこの来日公演で1回こっきりしかやらなかった“Forever Young”で。レアなセットリストだよな」

DD「泣いたね。周りがこの電車みたいにオッサンだらけで、身動き取れなくてムンムンしていたんだけど、冒頭の“Rainy Day Woman#12&35”がパレードみたいに始まって、すぐにイケイケ状態で。すぐにオッサン臭は気になんなくなったよ」

SD「俺が観たのは、東京2日目の3月23日。今回ディランは、オルガンを弾き通しだったろ? でも“Under The Red Sky”でバンドに帰ってきたチャーリー・セクストン(※3)とツインでリードを弾きまくってくれてさ。終始パワフルだったな」

DD「チャーリーのギターは良かったね。重要なフレーズはぜんぶ奴が弾いて、ディランも含めてほかはバッキングに徹しているんだけど、ディランが真ん中に立つと、さっと脇に下がって存在を消すという。音楽のセンスも良いし、おまけに人も良くって、大御所から愛されるキャラクターで。俺はあの日から〈アメリカの高野寛〉と呼んでいる」

SD「なるほど、〈できる人〉ってことだ。それにしても、カントリーやブルースあり、戦前ジャズにロックンロールありとポピュラー・ミュージックの総集編的な内容だったね」

bob dylan_ADD「最近のアルバムもそうだけど、ルーツ・ミュージックは何度も再生を繰り返していて、2010年もっとも影響力のあるフォーマットになっているんだよ、って提示してる。だって古臭かったじゃん、鳴ってるサウンドは。演奏もトリッキーな部分が全然なくて最低限のことだけやっててさ。ただ、あのアンサンブルでやられるとものすごく魅力的になる」

SD「そういえばどの曲もかなりアレンジやメロディーが大幅に変わってたから、俺の周りは〈この曲なんだっけ?〉って顔してる観客も多かったな。で、途中から伝説の男を観ているって感覚が薄れてきたのか、ステージ上でカッコよくジャムってるディランにノセられてみんな楽しそうに踊りまくってたのが印象的だった」

DD「ヴェテランのライヴに行くと〈歳に抗いながらガンバってます〉って感じることが多いんだけど、ディランの場合は全然違う。懐かしむ暇を与えてくれないんだよ。自分が好きだった曲もかなり変貌してるから感動もクソもなくて、ぜんぶ新曲として聴かなきゃいけない。ディランを愛しているって気持ちを重ねさせてくれないっていうか」

SD「キレイに裏切ってくれる感じがディランっぽいね。こないだのクリスマス・アルバム(※4)なんかも、音の向こうにほくそ笑むディランの顔が見え隠れしてたっけ」

DD「〈俺がクリスマス・アルバムやるなんて笑えるだろ?〉みたいなね」

SD「しかし、68歳にして年に100本以上もライヴやるという原動力は何なのかね。メンバーと身体をぶつけ合って生まれるナマなサウンドを追い求める日々をネヴァー・エンディングで続けているっていうさ」

DD「〈ロックが響く現場が好きだ。バンドは楽しい。以上!〉って感じ。毎回ゴキゲンなんだろうな。ロバート・ジマーマン(※5)の頃、リトル・リチャードに憧れてピアノでロックンロール・バンドをやってたじゃん。あれを思い出したんじゃないか?」

SD「いまのディランにとって気持ち良くロックをやるためには、地位や名誉はジャマなものでしかないんだろうな。俺の音楽は基本的にダンス・ミュージックなんだよ、ってことを知らしめるためのライヴハウス・ツアーだったわけでしょ?」

DD「ロック界でもっとも個性的だった男が、歳をとって個性なんてどうでもいいように振舞っているのが興味深いな。旅と音楽が好きなんだよ。ウディ・ガスリー(※6)に戻ったんだな。移動しながら音楽を楽しむただの旅芸人。ピエロ的なところあるじゃん、ディランは」

SD「チョビひげ……ウフフ、アレもピエロっぽいよね」

DD「趣味の悪い帽子かぶってさ。やっぱ筋金入りの芸人だな。ドスの効いた声で暗いゴシックなブルースをやって観客を絶望の淵に叩き落したかと思えば、超ゴキゲンなロカビリーで盛り上げたり、巧みな話芸にずっとやられっぱなしだったよ」

SD「だけど、ヘタウマなオルガン・プレイとかさ、未完成な部分をあけすけにしているあたりがディランっぽくて良かったなぁ。あの摩訶不思議な味わいがたまんないんだよね~」

DD「あの〈プヒ~〉っていう豆腐屋のラッパみたいなハーモニカの音もな。でも、あの日は眠れなかったね。ディランに生で説教を食らった気がした。〈いつまでも若く〉ってフレーズを投げかけられてじっくり考えていると、アンコールで出てきた彼に〈どんな気がする?〉(※7)って問いかけられるという」

SD「で、ラストに〈その答えは風のなかに舞っている〉って歌いかけられて」

DD「これって、できすぎだろ? 構成作家としても一流なんだよ。そんなメッセージを残して去っていかれたらもう……。そうだ、最後の挨拶でディランがガッツポーズしたんだぜ」

SD「え!? 無表情で会場を見渡したあと、すっと袖に消えるのがいつものパターンなのに……」

DD「最終日ならではの出来事だね。あれは貴重だったねぇ~」

 

シロー・ディランのこめかみがピクピクし出したところに、〈電車を降りて駅まで歩いてください〉というアナウンスが流れた。が、ふたりは無視。気付けば車内は誰もいなくなっていた。真っ暗な線路道に降りた時、ダイサクが一言「行きましょう」。これは最終日の最後にディランが呟いた日本語の物真似だったが、シローは気付かぬふりをした。歩き出したあとも彼らの自慢合戦は止むことなく、やがてのど自慢大会へと変わっていった。ブルーにこんがらがった下手くそな歌声が暗い路上にいつまでも響き続けた。

 

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