ブラック・ミュージック&ポップ・カルチャー・レヴォリューション
英国の評論家チャールズ・シャー・マリーが89年に書いた名著、待望の邦訳
70年代初めから健筆を揮う英国の評論家チャールズ・シャー・マリーが89年に書いた名著の待望の邦訳。ヘンドリックスが題材だが、詳しい伝記がご希望なら、チャールズ・R・クロスの05年の『鏡ばりの部屋』などを薦める。本書での著者の目的はヘンドリックスを神話から救い出し、その音楽を黒人音楽の歴史と米国及び英国の社会というコンテクストにおいて考察することなのだ。
マリーはまず60年代に「実際何が起きたのか」を再検証する。米国だけでなく、ヘンドリックスを迎え入れた英国社会の状況も語られるのが、我々にはいっそう興味深い。次章で彼の伝記的事実を一通り振り返り、第3章ではブルーズから多くのロックに連なるマチズモ誇示と性差別主義を論ずるが、そこには黒人男性につきまとう性的能力に関する神話があり、第4章の人種問題にもつながっていく。ヘンドリックスは人種間の緊張が高まる時代に、その聴衆のほとんどが白人である最初の黒人ロック・スターとなった。白人ロック聴衆は彼が並外れたギタリストで、唯一無二の個性だったのをいいことに、宇宙人のような特殊な存在とみなし、<名誉白人>的な扱いをすることで、彼の抱えた矛盾を無視し、その音楽を黒人社会や同時代の黒人音楽から切り離して考えようとする傾向がある。
それに対して、著者は本書の後半を費やして、ブルーズ、ソウル、ジャズの歴史を論じ、そこにヘンドリックスを位置づける。彼のルーツをロバート・ジョンソンやチャーリー・クリスチャンにまでさかのぼる主張は目新しいものでないにせよ、カーティス・メイフィールドをはじめとする同時代のソウル音楽との関係やローランド・カークといったジャズ・ミュージシャンから受けた影響についての指摘などには学ぶところが非常に多い。
全体を通してヘンドリックスという複雑な存在の数多くの面をひとつずつ丁寧に検証していく姿勢が本書を優れた作品にしている。