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ミケランジェロの暗号

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公開
2012/02/23   15:19
ソース
intoxicate vol.96(2012年2月20日発行号)
テキスト
text:前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)

『イングロリアス・バスターズ』を引き合いに出すまでもなく、これまで映画に登場してきたナチSS親衛隊は、泣く子も黙る絶対悪として描かれてきた。ところが、本作に登場するルディ(ゲオルク・フリードリヒ)は、今まで見たこともないようなヘタレSSである。幼なじみでユダヤ人画商の息子ヴィクトル(モーリッツ・ブライプトロイ)から、かつてミケランジェロが描いた素描の存在を聞かされると、SSに入隊して素描の在り処をバラしてしまう。そこまでは良かったが、ナチがつかまされたのは、なんと贋作! 「ミケランジェロは、ムッソリーニと同盟を強化するために使うから、絶対に本物を取り返してこい!」と国家の命運を託されたルディは、強制収容所に収監中のヴィクトルのもとに向かい、本物の在り処を聞き出そうとする。ところが、ルディとヴィクトルを乗せた飛行機がベルリンに向かう途中、パルチザンの攻撃であえなく墜落。負傷したルディは「痛い痛い、優等人種のアーリア人だって痛いものは痛い」とヴィクトルに弱音を吐く始末だ。SS親衛隊の誇りはどこへやら、挙句の果てにルディはヴィクトルと服を交換し、収容所の囚人服を着ることでパルチザンの目を欺こうとするが、現れたのはパルチザンではなく、なんとドイツ軍だった……。SSの黒服に身を包んだヴィクトルと、囚人服を着たルディがお互いの立場を逆転させてから、物語はほとんどコメディ映画の様相を呈してくるが、おそらくその発想の根底には、ヒトラー(風の独裁者)とユダヤ人の床屋が入れ替わるチャップリンの『独裁者』があるのだろう。〈本物〉と〈ニセモノ〉が巻き起こす後半のプロットが、ミケランジェロの真贋を巡るエピソードともう少し有機的に絡んでくれば高尚な知的サスペンスになったかもしれないが、ルディのヘタレぶりが端的に示しているように、映画の主眼はそこにない。実体験を基にしたというポール・ヘンゲの脚本(ウォルフガング・ムルンベルガー監督と共同)は、割礼をめぐるユダヤ人ネタのギャグを入れるなど、若干メル・ブルックス的な方向に舵を切ることで、ナチ版『王子と乞食』を狙っていたのではないだろうか。『ゲーテの恋 ~君に捧ぐ「若きウェルテルの悩み」~』でゲーテの上司を厭味たっぷりに演じていたモーリッツ・ブライブトロイが、ここでは一転し、主人公のユダヤ人ヴィクトルを爽やかに好演している。