女の子は喋ってるだけで魅力的……なのですが、その美点を活かしたアイドル音楽というのはそう多くありません。80年代には小泉今日子がMAJOR FORCE系のフロウを聴かせる“Cutey Beauty Beat Pop”(作詞は小泉と野村義男)という特殊な例もありましたが、ラップという表現手法の一般化は、MCハマーらの存在が広く認知された90年代を待たねばなりませんでした。その時期には宍戸留美がハマーをリメイクした“Here Comes the るみちゃん”(91年)などいくつかのラップ曲を残しています。ただ、甘い語り口を活かした細川ふみえ“抱きしめてバルーン”(93年)のような例外を除けば、まだまだラップ自体にコミック・ソング的な印象が強く、安達祐実の“どーした! 安達”(94年:福富幸宏が制作)など、楽曲も主にハイテンションな躁状態を表現するものが多かったのでした。
そうした状況をひっくり返したのが東京パフォーマンスドールの市井由理(YURI)がEAST ENDと組んで発表した“DA.YO.NE”(94年)でしょう。MUMMY-D(RHYMESTER)の書いたYURIのパートは、普通の話し言葉に近い自然なラップが追求されていて、他にないエポックとなりました。同曲によって日本語でのラップ表現が定着していくに従って、ラップの地位も変化。モーニング娘。は“抱いてHOLD ON ME!”(98年)から〈カッコイイもの〉としてラップを挿入しはじめます。
こうしたパートを設ける作りはSPEEDやFolder5にも見受けられましたが、モー娘。以降のハロプロ作品によって集団曲のパート振り分けが複雑化していった結果、ひとつひとつのフレーズにおける歌とラップの境界線は曖昧になっていきます。ラップの比重が大きいものではタンポポの“Be Happy! 恋のやじろべえ”(2002年)がよく知られていますね。ももいろクローバーのフォーメーションも基本的にはその発展形と言えましょう。
で、近年はかせきさいだぁの書いたでんぱ組.incの“くちづけキボンヌ”や、パンキッシュな勢いで押すhy4_4yhの“マイクチェックのうた”、ふーみん路線を継承する佐々木希の怪曲群、LinQの“きもち”など、多様な感情表現にラップ的な唱法が活用されるようになりました。そんななかでtengal6は当然のようにグレードの違うマイク捌きを聴かせてくれるわけですが、今後はライムベリーの正規音源リリースや謎の暴言デュオ・DiSの動きも注視しつつ、純然たるラップ・アイドルの増加に期待したいものです。
▼関連盤を紹介。
左から、小泉今日子の88年作『BEAT-POP』(ビクター)、宍戸留美のベスト盤『アイドル・ミラクルバイブルシリーズ 宍戸留美』、細川ふみえのベスト盤『THE BEST HIT & HEAL+CLIPS』(ポリスター)、東京パフォーマンスドールのベスト盤『GOLDEN☆BEST 東京パフォーマンスドール』(ソニー)、タンポポとプッチモニのベスト盤『タンポポ/プッチモニ メガベスト』(zetime)、ももいろクローバーの2011年のシングル『ミライボウル/Chai Maxx』(スターチャイルド)、でんぱ組.incの2011年作『ねぇきいて?宇宙を救うのは、きっとお寿司…ではなく、でんぱ組.inc!』(MEME TOKYO)、hy4_4yhの2006年作『ハイパーヨー盤+続ハイパーヨー盤』(THE LABEL)、佐々木希の2012年作『NOZOMI COLLECTION』(ソニー)、LinQの2012年作『Love in Qushu 〜LinQ第一章〜』(T-Palette)