サラ・ポーリーが描くガーリーな人妻
ミシェル・ウィリアムズが可愛いすぎる!
恋をすると世界は総天然色になり、鳥達のささやきは歌声みたいに聞こえる。でも、いつしかそれはモノクロームになったり、セピア色になったり。なぜ、人の心は移ろいいくのか。サラ・ポーリー監督作『テイク・ディス・ワルツ』は、そんな恋の切なさについての物語だ。
トロントに住むフリーライターのマーゴ(ミシェル・ウィリアムズ)は、取材先の観光地で魅力的な青年ダニエル(ルー・カービー)と知り合う。帰りの飛行機で座席が隣り合わせだったこともあって、少しずつ打ち解け合う二人。さらに空港から相乗りしたタクシーで、マーゴの家のはす向かいにダニエルが住んでいることを知って二人は驚いた。タクシーから降りる時、マーゴはダニエルに「夫がいるの」と打ち明ける。戸惑いながら「それは残念」と肩をすくめるダニエル。でも、二人に恋は芽生えてしまっていた。
偶然に偶然が重なることでマーゴの心は揺れ始める。再放送のドラマを観るような日常とは違った、何か新しくてドキドキする変化の兆し。でも、だからといってマーゴが不幸な結婚生活を送っている訳ではない。結婚5年目を迎えるマーゴの夫、ルー(セス・ローゲン)は優しくてユーモアのセンスがあり、二人はいまだに恋人同士みたいに仲良くしている。いつもバカみたいにじゃれあっている二人が共通しているのは、どちらもまだ大人になりきれていないところだ。心の奥に不安を抱えて、自分の感情をうまくコントロールできないマーゴ。ダニエルはそんな彼女の複雑さを理解できない。でも、好きな絵を描きながらボヘミアン的人生を送っているダニエルは、マーゴの抱えている心の問題を鋭く感じとり、それを彼女の肖像画を通じて表現して彼女を動揺させる。そんなわけで、気がつけばマーゴは通りの向こうにダニエルの姿を探すようになり、二人はデートを重ねるようになる。それでもマーゴは最後の一線を越えることができない。
優しい夫とエキゾチックな恋人の間で揺れる人妻。物語の図式は典型的なメロドラマだが、サラ・ポーリーの細やかでシャープな演出とミシェル・ウィリアムズのニュアンス豊かな演技が、映画にリアルさとセンシティヴなロマンスを生み出している。例えば、カフェでマーゴがダニエルに「ベッドでの愛し方」を訊くシーン。マーゴはダニエルに自分とどんなセックスをしたのかを語らせた挙げ句、30年後にデートをしましょう、と席を立つ。「その間、夫に忠実なら一度くらいのキスは許されるから」。まったく、男にとってこんな殺生な話はない。そんな、ある意味、セックスよりも官能的な〈心の不倫〉の描写の巧みさは女性監督ならではだ。
端から見れば男をじらす小悪魔的な態度について、マーゴは最後まで無自覚だ。そこには男を都合良く操ろうなんて計算はなく、すべては彼女のイノセントさから生まれたもの。ダニエルはマーゴに「君はいつも上の空だ」と言うが、彼女の心はたんぽぽの綿毛みたいに、いつもふわふわと飛び回っている。そんな手に負えないガーリーさを演じるミシェル・ウィリアムスは、可愛くて、愚かなほど無邪気で、とにかく目が離せない。サラはそんなミシェルの魅力を最大限に引き出している。色彩溢れるカメラや、洗練されたインテリアやファッションなど、ガーリーな〈マーゴの世界〉が画面に溢れているなか、音楽も大きな役割を果たしていて、なかでも映画タイトルになったレナード・コーエンの同名曲や、バグルスの《ラジオスターの悲劇》の使われ方は印象的だ。そして、映画のクライマックス。マーゴはある大きな決断をするが、さらに重要なのは、その後のこと。彼女が何を得て、何を失うことになったのか。そこには恋愛という問題を通じて、人は人生をいかに受け入れるか(どんなふうにして大人になるのか?)という深いテーマが隠されている。映画を見た後、誰もが自分の恋を、人生を振り返って誰かと話したくなる、そんな映画だ。
映画『テイク・ディス・ワルツ』
監督・脚本・製作:サラ・ポーリー
音楽:ジョンサン・ゴールドスミス
出演:ミシェル・ウィリアムズ/セス・ローゲン/ルーク・カービー/サラ・シルヴァーン
配給:ブロードメディア・スタジオ(2011年 カナダ 116分)
◎ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ他にて今夏ロードショー
http://takethiswaltz.jp