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東京アートミーティング(第3回)「アートと音楽──新たな共感覚をもとめて」

公開
2012/11/13   13:40
ソース
intoxicate vol.100(2012年10月10日発行号)
テキスト
文/町田良夫(音楽家/美術家)

セレスト・ブルシエ=ムジュノ 《バリエーション》 (2009年)ピナコテカ(サンパウロ)での展示風景
©Celeste Boursier-Mougenot.Courtesy Paula Cooper Gallery, New YorkPhoto: Isabella Mathgus 【参考図版】

体感して、その先にある未知の感覚をつかむために
いざ東京都現代美術館へ──

つい最近、乗り馴れた国産の優等生ファミリーカーから、安全装置もエアコンもないシトロエン「2CV」と いう車に乗り換えた。007やゴダール、宮崎駿の映画に出てくるあの愛らしい丸いフォルムの車で、20世紀フランス車の象徴と言っても過言はないだろう。 驚くことに2CVの基本設計は第二次世界大戦前で、戦後量産されてから1990年まで42年間生産が続いた。モデルチェンジもせず長期間にわたって人々に 愛されてきた理由がなにかあるのだろう。生産終了後もエルメスが記念車をデザインしたりと、未だに話題はつきない。といってもブルジョアな「クラシック カー」とは一線を画す実用的な大衆車であり、もともとは農民の作業車として設計された。「50kgのジャガイモ又は樽を載せて走れること」「カゴ一杯の生 卵を載せて走行しても、1つの卵も割れないこと」「大人4人が無理なく乗れること」などの実用的な条件を目指した車だ。エンジンは空冷式なので独特のバタ バタバタという「自動車らしい」エンジン・ノイズを奏でる。さらに、車内に入り込むわずかなオイルのにおい、車体が揺れるカタカタという音と振動、必要な モノ以外なにもないミニマルなコンパネのデザイン、(現代の車と比較すると)不自由な操作性など体感するすべての要因が「自動車」を感じさせ、いや、それ 以上にこれは動く体感型アトラクションだ。

アート・オブ・ノイズ

「…はためきつつ飛び行く自働車はsamothrakoの勝利女神より美なり…」。1909年、パリの新聞フィガロに詩人フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティの未来主義創立宣言が掲載されたことにより(同年、日本では森鴎外の翻訳がスバル誌に掲載)、過去芸術の徹底批判、機械化とスピードを賛美した未来派が旗を揚げた。ルーブル美術館の中央に鎮座する巨大ギリシャ彫刻よりも「自動車」が美しいという価値観は、それまで慎重に繰り返し批判/継承されてきた西洋美術・美学文脈議論の中でも相当に飛躍的な出来事だ。未来派はある種異端とされてきたムーヴメントだが、都市文明/工業社会の急速な発展の中で、伝統的な絵画や彫刻より身の回りで今起こっている「五感を揺さぶる」飛躍的進歩に対して素直に反応する感覚は、むしろ正常と言える。未来派の音に関して言えば、画家のルイージ・ルッソロが1913年に「L'Arte dei Rumori(雑音芸術)」というマニフェストを発表し、イントナルモーリ(ガガガガ…ギギギギ…という騒音を出す楽器)も発明/制作している。1924年にはアントニオ・ルッソロ(ルイージの兄)の曲がイントナルモーリと管弦楽によって録音された。「ノイズ」という特性を芸術の分野で初めてフィーチャーしたのだ。ノイズは整えられた音程と音色を持つ楽音に比べて抽象性が薄く、振動や物理現象、それを発しているモノへ意識を向かわせる。ピアノの音が聞こえても「何だろう、この美しい音は?」とは、もはや誰も思わない。この楽音が整えられた音程と音色を持ち、すでに記号的で抽象的だからだ。調律師でもない限り、ピアノの音を聴いて、あのクルクル巻きの怖いぐらいピンッと張った弦がハンマーによって叩かれてブルッと震えることをイメージすることはないだろう。そういった意味で、ノイズの導入は、感覚的にも音楽と視覚芸術をクロスオーバーする第一歩だったのかもしれない。イントナルモーリの演奏を見れば、どうしたってその構造物の「中はどうなっているのだろう?」という思いにかられるし、クルクル回すハンドル操作は、どうしたって視覚的に釘付けになる。

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(関連CD/左から)○マリネッティの演説や騒音楽器の元祖イントナルモーリと管弦楽の演奏など、1909〜1935年の貴重な「未来派」音源が収録されたコンピレーション『Musica Futurista: The Art of Noises』(LTM Records  LTMCD2401)。ジャケット写真にあるのがイントナルモーリ○そのイトナルモーリのレプリカを使用して、大友良英、中村としまる、Sachiko M、伊東篤宏ほか6人が作曲・演奏した楽曲集  『Intonarumori Orchestra』(OFF SITE  OFFSITE-4)○マリネッティの演説をコラージュした《Variety Show》収録の坂本龍一『未来派野郎』(ミディ  MDCL-1245)○本展で図形楽譜が展示される武満徹《ピアニストのためのコロナ》収録『武満徹:フォー・アウェイ~ピアノ作品集/高橋悠治(P)』(DG  UCCG-4708)○同じく図形楽譜が展示されるジョン・ケージ《フォンタナ・ミックス》収録『ジョン・ケージ・メモリアル・イシュー3/Max Neuhaus』(Sony Classical  SICC-0079)

 

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