【あえての普通さ】
「感情や歌詞をしっかり伝えたいので、あえて下手っぴな感じというか(笑)、吐き出すような、器用な感じにならないような歌い方を意識してます」と言う笛田。〈上手さ〉ではなく〈普通さ〉を追求した彼女のヴォーカリゼーションは、不器用な女子ばかりが登場するさめざめの詞世界にピッタリ。また、その声に懐かしさを感じる男性ファンも多い模様で、例えば、MVでは一般女性が80sアイドル風の振りを踊る“ぶりっこぶりっこ”の制作時に笛田がイメージしたのはおニャン子クラブだそう。彼女が思春期に掘ったという往年のアイドル歌謡で言えば、鼻にかかった歌い回しが中山美穂と通じるか。そして、そこから現在まで辿ると……ハナエやタルトタタンに繋がる!?
▼左から、おニャン子クラブのベスト盤『ザ・プレミアムベスト』(ポニーキャニオン)、中山美穂のベスト盤『中山美穂 パーフェクト・ベスト』(キング)、タルトタタンの2012年作『テトラッド』(EMISSION)
【女子の本音とドラマ性】
さめざめの音楽における最大のフックは、性に関わるトピックにも臆さず〈女性性〉を露呈した歌詞。リアルとファンタジーの配分の差こそあれ、そうした詞世界にフォーカスするなら山崎ハコや戸川純、椎名林檎やCocco、後藤まりこ……とカリスマ的な歴代の歌姫が存在するが、さめざめの特徴は、一聴すると過激な耳触りながら、登場人物はまるっきり普通の女子であること。その隠された日常の一部を一編のドラマとして仕立て上げる術に長けている。そんな新しい才能は近年続々と頭角を現しており、例えばシアトリカルな歌唱で凄味のあるオルタナティヴ・フォークを紡ぐ大森靖子、アコーディオン担当の姉・小春の散々な男性遍歴をコミカルに披露するチャラン・ポ・ランタン、ピンサロ嬢が主人公だったりと女性目線の人気曲も多い男子4人組、クリープハイプらが挙げられる。こちらも音のスタイルはさまざまだが、さめざめを含め、〈実録映画〉的なMVを制作している面々が多いことも興味深い。
▼左から、大森靖子の2013年作『魔法が使えないなら死にたい』(PINK)、チャラン・ポ・ランタンの2013年作『ふたえの螺旋』(Mastard)、クリープハイプの2012年作『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』(Getting Better)
【昭和的な歌謡性】
「シンセサイザーの音色はそんなに使いたくないっていうこだわりがあるんです。生っぽいピアノとか、オルガンっぽい音とか、いい意味でのダサさがあったほうがいいっていうのがあって」「昔の音楽の良さは、1曲のうちのどこかにモチーフとして入れていきたいと思ってます」――〈愛とか夢とか〉の取材時にそう語っていた笛田。そのテイストは80〜90年代のアイドル歌謡を手掛けた多くの職業作家にも通じるものだが、「この間、松田聖子さんの曲を聴いてスタッフと〈いいですね〉って話をしてたら松任谷由実さんの曲で。最近そういうことが立て続いた」と、彼女が作曲の面で尊敬の念を抱くのはユーミン。また、以前は作詞家として活動していた笛田が詞の情景描写に惹かれるのは阿久悠とのこと。ちなみに、そうした昭和的な歌謡性からの影響を公言する新世代には赤い公園の津野米咲、阿久悠のトリビュート盤にも参加した前野健太、〈愛とか夢とか〉をTwitter上で評価したシドのマオなどもいるので、聴き比べも一興かと。
▼左から、松任谷由実が手掛けたアイドル・ポップのコンピ『Pure Lips〜Yuming Compositions〜』、赤い公園の2012年のミニ・アルバム『ランドリーで漂白を』(共にユニバーサル)、シドの2013年のシングル“恋におちて”(キューン)