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Red Bull Music Academy 2013

公開
2013/07/18   15:51
ソース
intoxicate vol.104(2013年6月20日発行号)
テキスト
text : 原雅明

Ryuichi Sakamoto and Alva Noto  photo:Anthony Blasko ©Red Bull Content Pool

野生の思考〜アカデミーのディアスポラ

ニューヨークで開催されたレッドブル・ミュージック・アカデミー(RBMA)を訪れた。若い音楽クリエイターにレクチャーや制作の場を提供するRBMAは、毎年世界の主要都市で開催されてきて、今回で通算15回目となる。世界中から公募で選ばれた参加者62名が2週間ずつ2つのグループに分かれて参加する。会場は、マンハッタンのミッドタウン、チェルシー地区にある空きビルを改装したスペースで、そこで参加者が制作に使う複数のスタジオ、本格的な録音機材を揃えたレコーディング・スタジオ、レクチャーをおこなう会場、ネットラジオRBMA Radio(http://www.rbmaradio.com)のための配信スタジオ、開催中に日刊で紙で発行される新聞Daily Newsの編集部、食堂を兼ねたラウンジスペースなどが、すべて用意されている。

僕が訪れたのは、1ヶ月に及ぶ開催期間の終盤だったが、参加者が各々自由に使っているスタジオには活気が溢れていた。ちょうど、日本からの参加者であるEmufuckaことサクライ・タカフミもその場にいて、話を訊くことができた。彼は仙台出身で現在は東京在住の26歳のビート・メイカーだ。既に海外のレーベルからリリースの実績もあるが、こうやって海外に出て自分の音を聴かせる機会は初めての経験だという。それだけに、自己紹介を兼ねた最初のプレゼンテーションの際に全参加者の前で自分の音を聴かせてストレートに良い反応をもらえたときは大きな悦びを得たと話してくれた。その後のレクチャーやスタジオワークも自分に自信とインスピレーションをもたらす貴重な経験となっているとも語っていた。

今年のレクチャーは、ブライアン・イーノからスタートして、フィリップ・グラス、ジョルジオ・モロダー、バーニー・ウォーレル、トム・モールトン、マルコム・セシル、クエストラヴ、Qティップ、マスターズ・アット・ワーク、リッチー・ホーティン、フランソワ・K、ラキム、キム・ゴードンなど、実に多彩な面々が出演していた。僕の滞在中の数日間だけでも、ジェイムス・マーフィー(LCDサウンドシステム)、坂本龍一&アルヴァ・ノト、ブロンディ、リー・ペリー&エイドリアン・シャーウッドなどのレクチャーがおこなわれた。

Brian Eno   photo:Dan Wilton ©Red Bull Content Pool

坂本龍一とアルヴァ・ノトことカールステン・ニコライのレクチャーは、主に坂本龍一のキャリアを振り返る内容で、YMO時代の映像なども流しながらクローズドゆえのリラックスした和やかなムードで進行した。レクチャーの翌日にはRBMAの主催による二人のコンサートがメトロポリタン美術館内のコンサートホール、グレイス・レイニー・ロジャース・オーディトリアムでおこなわれた。これは一般にもチケットが売り出されていたが、あっという間にソールドアウトになったという。アコースティック・ピアノの坂本龍一とラップトップのアルヴァ・ノトのコラボレーションは、Raster-Notonから2002年にリリースされたアルバム『Vrioon』以来、続いている。アルバム『Insen』のリリース後は頻繁に世界各地で二人だけのライヴ・パフォーマンスもおこなってきた。僕も2006年に東京公演を体験している。

ホールの雰囲気も相俟ってクラシックのコンサートを思わせる光景と二人の凛とした佇まいはかつて観た記憶を蘇らせるものだったが、実際の音はその記憶を更新させるものだった。アルヴァ・ノトのエレクトロニクスは、特に重低音の鳴りがキーになっていて、ダブステップ以降のジュークやトラップ・ミュージックのベースの強度にも匹敵する、そう形容してよければ「野蛮な」瞬間があり(惜しむらくは会場のサウンド・システムがその十分な再生に対応しきれてはいなかったのだが)、一方の坂本龍一のピアノも時にプリペアード・ピアノを演奏しているようでもあり、それはフリーな即興演奏を観るような瞬間でもあった。もちろん終始そんな場面ばかりが続いたわけではなく、美しいピアノのフレーズとエレクトロニクスのコンビネーションが空間を満たしていたのだけど、しかし、今回の二人の演奏にはいつもと少し違うニュアンスを感じたのだ。坂本龍一についてはかつての土取利行との『ディスアポイントメント - ハテルマ』の名前を敢えて出してしまいたくなるような、カールステン・ニコライについては旧東ドイツ出身でフリージャズの記憶をどこかに刻んでいるであろうことをつい語ってしまいたくもなるような、そんな瞬間があったのだ。

それはもしかしたらニューヨークという場所柄と、RBMAのレクチャーを受けての何らかの教育的な配慮がそうさせたのだろうか。勝手な推論でしかないのだが、ライヴ終了後にしばし席に座ったまま、僕はそんなことを考えていた。いずれにしても、これが今回のニューヨーク滞在の中でもハイライトとなる夜だった。