朝崎郁恵の声がけで始まったプロジェクト<Amamiaynu>。奄美とアイヌの夢のようなセッションを収録
コンピレーションアルバム『アイヌと奄美』その先に生まれた新しい作品
2003年アイヌの伝統的歌手、安東ウメ子と奄美民謡の第一人者、朝崎郁恵が奄美大島の海の見える小高い丘のステージに一緒に立ち貴重なセッションをしたことがきっかけとなり、13年の時を経てもこの歴史的な共演を忘れられない朝崎郁恵からの声がけにより2018年冬、奄美民謡とアイヌ音楽のコラボレーション・プロジェクトが始まりました。
今作のうち6曲は先行アルバムに収録されていますが、プロデューサーのOKIにより全曲を新たにミックスし直し、さらに新録2曲を追加したコンプリート・アルバムです。新録曲の“Kyuramun rimse”と“Makya makyaupopo”では、安東ウメ子、朝崎郁恵、Rekpo(MAREWREW)、Kapiwによるヴォーカル、OKIのプロデュース/演奏での参加等、まさに奄美とアイヌの夢のようなセッションが実現しました!
●朝崎郁恵
1935年、奄美・加計呂麻島生まれ。太古より唄い継がれてきた奄美島唄の唄者(ウタシャ)。幼少より天性の素質に磨きをかけ、10代にして天才唄者と呼ばれる。ニューヨーク・カーネギーホール、ロサンゼルス、キューバ等での海外公演や、国立劇場10年連続公演等、数々の大舞台で奄美島唄を広める活動を続けてきた。現在放送中のNHK BSプレミアムの長寿番組「新日本風土記」のテーマ曲“あはがり”を唄う。奄美島唄の根底にある伝統はそのまま守りながら、ピアノや様々な民族音楽等、異分野とのコラボレーションで奄美島唄の可能性を広げ、今なおその世界を深めている。その魂を揺さぶる声、深い音霊は、世代や人種を超えて多くの人々に感動を届けている。
HP:www.asazakiikue.com
●OKI(オキ)
アサンカラ(旭川)アイヌの血を引く、カラフト・アイヌの伝統弦楽器トンコリ奏者/ミュージシャン/プロデューサー。安東ウメ子やMAREWREW(マレウレウ)を手掛けるなどプロデューサーとしても活躍。2005年以降は自身が率いるOKI DUB AINU BANDでアジア、アメリカ、ヨーロッパなど世界各地をツアーし、世界最大規模のワールドミュージック・フェス「WOMAD」など国内のみならず海外のフェスにも多数出演。カナダの先住民系ダンサーや影絵作家、沖縄民謡の唄者・大城美佐子との共作アルバムのリリースなど活動は多岐に渡る。
HP:www.tonkori.com
●Rekpo(レクポ)
旭川出身でアイヌの伝統歌「ウポポ」の再生と伝承をテーマに精力的に活動する女性ヴォーカルグループ、MAREWREWのメンバー。MAREWREWとしても最新アルバム『mikemike nociw』をリリースしたばかり。
●Kapiw&Apappo(カピウ&アパッポ)
阿寒湖・アイヌコタン出身のウポポを歌う姉妹ユニット。幼少の頃から、地元阿寒や祖母から伝承されてきた歌を中心に、民族楽器ムックリやトンコリも交えつつ、アイヌの歌の魅力を伝えている。
「神様が来る時の唄はかったるい音なんだ」
OKI(トンコリ奏者)
レコーディングの初日に私たちは朝崎さんの原風景を知ることになった。加計呂麻島、朝崎さんの実家のあった村には浜から山に向かって神様の通る道がある。
浜側にはトネヤ(1)があって、よく人が集まって歌っていた。「いつものように私は外で遊んでいた。トネヤで唄が始まると、『ああ、今、神様が来てるんだ』と普通に思っていた。神様が来る時の唄はかったるい音なんだ。いつの間にか神様のやって来るところはトイレ付きの公民館に変わってしまった。」
「診療所を開業していた父は、診察の終わったおばあさんの前に録音機を置いて唄を録り始めた。父はその人が唄がうまいのを知っていたから。そして私はそのテープを何度も聴いて唄を覚えた。なかなか難しかった。」「今の子たちは昔を忘れている」と朝崎さんは言う。都会的でポップなシマ唄に気持ちがついて行けないようだ。今の子たちからすると「あの時代の事はあの時代だからできた、今は今でやるべき表現がある」ということになるのだろう。
朝崎さんの話はまるでアイヌのフチ(2)から話を聞いているようだった。アイヌは厳しい時代を生き抜いた歴代のエカシ(3)とフチを敬い、「昔のまま」を好む傾向がある。だからアイヌ文化の現代化にはそれほど熱心ではない。なぜなら失ったものが多すぎて新しいものを作るための文化的な体力がまだまだ不足しているからだ。「昔の事を分かっていないのに新しいものが作れるか?」というのがアイヌのジレンマにもなっている。だから私は奄美や沖縄のように人気のでるポップな音楽を作れる環境は逆に素晴らしいと思うのだ。文化に携わるアイヌはほぼすべて「いくらがんばっても昔のエカシやフチにはかなわない」という認識を持っている。新しい事を生み出すより、失ったものを取り返しながら一歩ずつでも先祖に近づいて行くというのがアイヌが共有する大切なモットーになっている。
今回の共演の始まりは15年ほど前に遡る。アイヌの伝統的歌手、安東ウメ子さんと朝崎さんは奄美の海の見える小高い丘のステージに立った。お二人は同世代で朝崎さんはウメ子さんに会うやいなや彼女の手をとって、「奄美とアイヌの音楽が一つになる日が来た。」と熱く語りかけていた。「ウメ子さんの歌は奄美の歌に似ているなあと思った。一緒に歌い始めたら歌の兄弟のようになった。」と朝崎さんはあの日を振り返る。一方、ウメ子さんはいざ伴奏が始まると横にいたカピウに「あんた先に歌いなさい。」と耳打ちしている。何事もポジティブな朝崎さんと奄美マナーにびびる北海道組の対比がおもしろかった。歌以外の楽器が二人を邪魔してたのかもしれない。白波の立つ海を背に奄美の歌とアイヌの歌が強い風に乗ってうねっていた。
朝崎さんは前向きだった。ことあるごとにウメ子さんとの共演は奄美とアイヌの「歴史上初めてのセッション、世界一のセッション」だったことを人に伝えてきた。そして一緒に作品を作る約束を果たせないままウメ子さんが亡くなってしまった無念さをいつも忘れずにいた。
今回のセッションで「アイヌと奄美の音楽は一つになる」という朝崎さんの想いはようやく現実のものとなった。朝崎さんはアイヌのウポポ(4)を聞きながら、三味線が奄美に伝わる以前の曲ばかりを選んでいった。三味線がいなくなってお互い自由度が増し、昔の懐かしい風景が私たちの前にひろがった。
(1)トネヤ 神様への祈りをするところ
(2)フチ 祖母に対する尊敬語
(3)エカシ 祖父に対する尊敬語
(4)ウポポ 歌神様が来る時の唄はかったるい音なんだ」
タグ : 世界の音楽
掲載: 2019年09月19日 13:22