インタビュー

Pierre Barouh

明るく照らされた向こう岸をめざして、旅する詩人による9年ぶりの新作が登場!


「少しの妥協も許さずにこうして40年も続けられたのだから奇跡なんだけれど、なんだか疑わしい気持ちになったりもする(笑)。〈サラヴァ〉は小さなロウソクの火のようなもので、吹き消そうと思えばすぐに消えそうなものだった……。もちろん今では40年分のカタログがあるからそう簡単に吹き消せないけどね(笑)」。

 フランスのインディー・レーベルの老舗中の老舗、ピエール・バルーが主宰するサラヴァが昨年40周年を迎えたが、〈その感慨は?〉という質問に対しての返答には、〈お祝いごとはもう終わったよ〉ってニュアンスが感じられた。そう、新作『Daltonien』の話がメイン。旅の超達人によるこの9年の軌跡が綴られた美しい作品は、チンドン楽団との共演曲や、ビリー・ホリデイ、チャーリー・チャップリンへのオマージュ曲、アントニオ・カルロス・ジョビン曲の仏語カヴァーなどが詰まった大作。彼は現在、御年73歳。本作では、ブランコが大きく振れるように、現在と過去を行き来する歌詞が印象的だ。

「偶然そうなったんだ。でもただの回想録にはしたくなくて、ビリーやチャップリンを用いてあの時代のストーリーを語ろうと思った。一個一個の曲がパズルのピースとなって合わさって、最終的に映画のように作り上げられればいいな、と考えながらいつもアルバムを作っているんだけどね」。

 彼はこれまで、歌手/詩人/映像作家として世界を飛び回り、人や土地との出会いを作品に記してきた。本作の魅力である祭りの始まる前の昂揚感と、その後の寂しさが混在した不思議な感覚は、旅において数多くの出会いと別れを繰り返した彼が、そこで味わった楽しみと切なさの無意識の反映なのか。

「そのとおり。私は〈向こう岸願望〉って呼んでいるんだけど、少年時代から行ったことのない向こう岸に絶えず誘惑され続けている。〈歌〉が素晴らしいのは、複雑な感情ですらたった3分間あれば、すぐ誰かに伝えることができること。何も用意しなくてもいい。私は、いつも何も用意されていないところにばかり行くんだよ。常に〈おいで〉って言われたらすぐ飛んで行けるスタンバイ状態でいたいんだ」。

 キャリアなんて無関係、みかん箱一個さえあればどこでだって歌うよ、というあまりに自由な考え方。弘法筆を選ばず、である。こんなスタンスで彼の音楽活動は続いていくのだろうが、次回作はせめて今回の半分程度の間隔で届けてほしいな。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2007年08月23日 17:00

更新: 2007年08月23日 18:04

ソース: 『bounce』 289号(2007/7/25)

文/桑原 シロー