インタビュー

ベイベーも男子も必聴! 華麗なるミッチーの軌跡 その2


及川光博うっとりBOX『愛と芸術の日々』 東芝EMI(現・EMI Music Japan)(2003)

2003年に限定発売されたBOXセットで、1995~2001年の作品の中から本人監修のもとで69曲をセレクト(ヴァージョン違いも含む)。それを全曲リマスタリングし、コンセプト別に再構成して5枚のCDに振り分けたという豪華盤だ。各ディスクを順に触れると、ディスク1はミッチーの精神性の根幹を支える重要曲がズラリと並び、ディスク2は思わず口ずさめるポップな曲のオンパレード。ディスク3は踊れるグルーヴを基準に選曲され、ディスク4はうっとり系のバラード中心。ディスク5はシングルのカップリングのみで世に出たヴァージョンなどを収めたレアトラック集である。あの名曲“ココロノヤミ”が異なる3ヴァージョンすべて収録されるなど、資料的価値は高い。注目の未発表曲はディスク3の“愛憎”とディスク5の“覚醒”。前者は1999年に録音されたが発表するタイミングを失っていたグルーヴ感あふれるナンバー。後者は『聖域~サンクチュアリ~』の時期の作品で、もともとはアルバムのオープニングSEに使おうとしていたテイクだ。なお、この5枚のCD以外にも、デビュー前にオンエアされていた伝説の番組「怪傑ミッチー」(TVK・DI;GA)など貴重な映像を収めたDVDに、未発表写真を含む6冊の豪華ブックレット、そしてミッチーのメッセージ・カードが、重厚な紫のBOXに封入されていた。まさにマニアには家宝もののコレクターズ・アイテム。


東馬健『セルロイドの夜』 TRICKSTAR(2003)

リリース時のコピーは〈平成歌謡界に突如出現した謎のスーパースター!!〉。容姿も声もミッチーにそっくり……ただし、ゴルフ焼けなのか、昭和の歌謡スターみたいに顔が異様に日焼けしている〈東馬健〉のデビュー作。ちなみに、プロデュースは及川光博が担当(笑)。――と、何でこのアルバムが出たかっていうと、ケラリーノ・サンドロヴィッチ監督の映画「1980」にミッチーが東馬健なる役柄で出演した際、監督が“セルロイドの夜”(アルバム『流星』に収録)を聴いて「まるでこの映画のために書いた曲だね!!」と盛り上がったのがきっかけ。そこから、東馬健というキャラを借り、淫靡な雰囲気あふれる昭和のムード歌謡をミッチー・ワールドに塗り替えて作り上げたのが本作なのだ。“セルロイドの夜”はもちろん、平成歌謡の歌姫・渚ようことのデュエットで歌う“アマン”も、とにかく濃厚。ノリノリのバンド・サウンドでロックンロール歌謡曲に変身させた“星降る街角”もおもしろい。なお、念のために言っておくが、“下北から上北まで”~“俺はおまえの俺だから”は映画で使われたジングル程度の短い代物で、正直、ちゃんとした曲とは言いにくい(苦笑)。また、“セルロイドの夜[あれ!? 健さんがいないぞ]”と“アマン[あれ!? ようこさんがいないぞ]”はそれぞれ“セルロイドの夜”と“アマン”のカラオケであり、“星降る街角[極東MIX]”の〈極東ミックス〉とは“星降る街角”のクラブ対応ヴァージョン。いずれにせよ、こういう遊びを本気でやってしまうところがミッチーらしい。続編の発表も、ひそかに期待してます(笑)。


『ヒカリモノ』 ワーナー(2004)

オリジナル作としては、『流星』以来、1年8か月ぶりのアルバム。この間、TVドラマ「白い巨塔」への出演など役者業も絶好調だったわけだが、その「白い巨塔」のスネークマンショー・ヴァージョンとでも言えそうなオープニング――伊武雅刀とミッチーによる寸劇“純愛”で、まずニヤリ(この“純愛”、作者=脚本はリリー・フランキー!)。すかさずキラキラしたポップ・ワールド全開の“恋ノヒゲキ”が登場し、エンジンはフルスロットル状態に。さらに、キャッチーさも併せ持つギター・ロック・サウンドの“恋愛中毒”、ちょっと妖しげなファンク・ビートが心地いい“不純異性交遊”……と続いていくこの『ヒカリモノ』は、全般的に歌詞もサウンドも、ミッチーが肩の力を抜き、より軽やかに綴った印象を受けるアルバムだ。寸劇(“純愛”“くどくど口説く男”“続・純愛”)と安全地帯のカヴァー“じれったい”を除く11曲の内訳を見ると、作詞こそすべて本人だが、作曲者には浜崎貴司(元FLYING KIDS)や森岡賢(元SOFT BALLET)、深沼元昭らが名を連ねる。そういったコラボレートによる曲作りは、及川光博という表現者に新たな刺激と可能性を確実にもたらしたようだ。特に深沼は、前作『流星』同様、アレンジ面でも大活躍(年齢も近い彼は、現在も重要な創作パートナーのひとり)。先行シングルとしてリリースされた“ラヴソング”は、トラックも含め、そんなミッチーと深沼の2人だけで作った秀曲である。

『GOLD SINGER』 喝采(2004)

これまでもオリジナル・アルバムのなかやシングルのカップリングなどでカヴァー曲を披露してきたミッチーが、1枚まるごとカヴァーで固めたアルバムがこれ。原曲を収録順に紹介すると、田原俊彦“恋=DO!”、布施明“君は薔薇より美しい”、C-C-B“Romanticが止まらない”、少年隊“君だけに”、郷ひろみ“2億4千万の瞳 -エキゾチック・ジャパン-”、岡村靖幸“聖書(バイブル)”、渡辺真知子“唇よ、熱く君を語れ”、チェッカーズ“NANA”、ムーンライダース“ボクハナク”。80年代の歌謡曲を中心に、ミッチー本人が楽しみながら制作に向かったことがうかがえる選曲だし、実際、聴いていて実に楽しい1枚だ。オリジナル以上に情感たっぷりと歌い上げる“君だけに”、もともとテクノ・ポップだったヴァージョンにやたらギターがうなる構成をミックスした“Romanticが止まらない”など、シンガー&アーティストとしてのセンスの良さも光る。そのなかで、“聖書(バイブル)”と“ボクハナク”は音楽的に絶対見逃せないカヴァー。他の曲は、パブリック・イメージや聴き手の存在を多少意識したうえでのセレクトと推測できるが、この2曲――彼が強くリスペクトする岡村靖幸とムーンライダースだけは、〈音楽家・及川光博〉としてどうしても正面から対峙したかったカヴァーであろう。メロディーに対する歌詞の乗せ方が驚異的な“聖書(バイブル)”、男の心情を切なく深遠に描いた“ボクハナク”、共に圧倒的な集中度で挑戦。その結果、〈楽しい企画もの〉って感じだけでは片付けられない、意義のある作品集になった。

『夜想曲~ノクターン~』 喝采(2005)

まず、『夜想曲~ノクターン~』っていうタイトルが素敵。ジャケットも、とってもいい雰囲気だ。そこから想像できる通り、ロマンチックでエレガントで、スウィートな楽曲がたくさん詰まった、大人のラヴソング・アルバム――それが、この『夜想曲~ノクターン~』である。これだけメロディアスな曲をまとめたオリジナル・アルバムは、本作が初めて。流れ的には、前作『ヒカリモノ』の最後に入っていたバラード“初愛”の世界観を発展させた内容とも受け取れるが、どうやらこの頃の彼は、ファンキーでダンサブルなナンバーより、バラードの方が歌っていて充実感を得られていたようだ。ただし、同じバラード系でも、お涙頂戴的なベタベタのラヴソングじゃなく、洗練されたブラック・コンテンポラリー・ミュージックとでも言うべき〈気品〉を感じる仕上がりは、さすがミッチー。大切な人と一緒の夜にグラスでも傾けながら聴きたい――そんな思いに駆られるアルバムだし、もしそうなったら最高のBGMとして使えるはず。もちろん、ひとりで静かに聴き込んでもいい。いい意味で、過去のどれよりもミッチー濃度が低いこのアルバムは、聴き手が自分の生活の中で鳴らし、それぞれのストーリーを奏でることを求めている作品集なのだ。“pillow talk”“close your eyes”など名曲を多数収録。カヴァー“言えないよ”“愛のメモリー”も見事にハマっている。

『ベストアルバム vol.1 光-MITSU- 1995~2000』 EMI Music Japan(2006)
『ベストアルバム vol.2 博-HIRO- 2001~2006』 喝采(2006)

デビュー10周年を記念し、2006年に登場した最新ベスト。本人みずから選んだ28曲をほぼ年代順に並べ、前半の14曲を『ベストアルバム vol.1 光-MITSU- 1995~2000』のタイトルで東芝EMI(現EMI Music Japan)から、後半の14曲は『ベストアルバム vol.2 博-HIRO- 2001~2006』と題して喝采から、2枚同時リリースされた。ジャケットは同じデザインだが、マークの色が『光-MITSU-』は赤、『博-HIRO-』は青になっている。楽曲リストをご覧いただけば分かるとおり、まさに及川光博の代表曲がズラリ。デビュー以来、独自の感性と美意識で世界観を進化させてきた軌跡が分かりやすく伝わる内容だ。ライヴで披露される曲も多いし、これから彼の音楽に触れる初心者ベイベーにはお薦め。また、すでにベイベーになっている人も楽しめるよう、それぞれに内容の異なる映像を収めたDVDが付いている。さらに、もっとマニアなベイベーに向けての情報としては、過去に複数のヴァージョンが発表済の楽曲について、各曲の(もともとの)収録アルバムをお知らせしておこう。『光-MITSU-』の“モラリティー”“求めすぎてる?僕。”は『理想論』、“S.D.R.”は『欲望図鑑』、“理想論”“SNOW KISS”“三日月姫”は『ニヒリズム』、“死んでもいい”はベイベーセット「ご覧あそばせ」より。『博-HIRO-』に関しては、“CRAZY A GO GO!!”が『聖域~サンクチュアリ~』からで、“ココロノヤミ”はシングル・ヴァージョンで収録。特に『光-MITSU-』の“死んでもいい”と『博-HIRO-』の“ココロノヤミ”が貴重なテイクだ。

『FUNKASIA』 喝采(2007)

あいだにデビュー10周年記念のベスト盤をはさみ、オリジナルとしては『夜想曲~ノクターン~』以来1年半ぶりのアルバム。メロウな大人のラヴソング集だった前作とは一転、思いっきりファンクやディスコにアプローチした、とても躍動的かつ肉体的な作品集に仕上がっている。気心の知れたツアー・メンバーとのレコーディングにより、いつも以上に鳴らしたい音楽を伸びやかに綴れたようで、ライヴ感も十分。楽しく踊りながら歌うミッチーの姿が目に浮かぶような出来だ。それにしても、何てカラフルでキラキラしたアルバムなんだろう!! ファンクやブラック・ミュージック好きがその種の音楽を突き詰める場合、ややもすると汗臭くマニアックなものになりがちなのだが、このアルバムはそうじゃない。それはメロディーや歌詞世界にミッチーならではのロマンティシズムが織り込まれているからであり、今の彼は、一時期のプリンスのように密室的な自己完結型ではなく聴き手と共有できる大きな世界観を音楽に綴ろうとしていることがよく分かる。DANCE☆MAN、浜崎貴司、IKUMA(生熊朗)などの作曲陣もそんな彼の指向を的確に捉えた秀曲を提供。ファンはもちろん、初めて聴く人もすんなりこの世界に入って楽しめる本作は、デビューから追い求めてきた〈ミッチー流・歌謡ファンク〉の、ひとつの完成形と言っていいかもしれない。

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掲載: 2008年07月10日 18:00

更新: 2008年07月10日 18:01

文/笹川清彦(cast)

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