怒髪天(3)
ロックで世界は変えられないけど、ひとりひとりの意識は変えられる
――そんなこんなで、とかく世知辛い世の中ではありますが、いまの時代におけるロックの役割を、増子さんは、どのように考えられていますか?
増子 いまは何しろ、長いスパンで未来を考えられる時代じゃないから、とりあえず辛かった今日を笑い飛ばして明日を乗り切るだけの力を聴き手に与えてくれるのがロックの果たす役割だと思う。なんせ昔みたいにデカいことを言える時代じゃないしね。ロック幻想も、もう終わったと思うし。じゃあ、そこから次はどうしていくのかっていうことを考えるのがいまは大切だよね。俺は、ロックで世界は変えられないけど、ひとりひとりの意識は変えられると思う。その個人個人が集まれば、いずれ世界は変わるんじゃないかな。
――まずは小さなことからコツコツと。
増子 本当にそう。だからいま、〈遠くの誰かがどうしたこうした〉なんてことを歌ってる奴はとんでもないと思うよ。〈親戚のおじさんが失業した〉っていうことを歌うべきだし、それをみんなが共有していくべきだと思う。そう考えたら、いまはロックが現実的になってきたんだろうなと思うよ。生活的になってきたというか、本当に使える武器になってきたんだなっていうさ。
――武器ですか。
増子 うん。誰しもが使えるような武器にやっとロックがなってきたのかなとは思うけどね。俺は1966年生まれだけど、生まれた年にビートルズが来日していて、それ以来、ロックってものが街に普通に流れている状況で育ってきたから。そのあとの世代とかも、みんなそうじゃん。やっとロックってものが、日常的なものになったというか。それによって失われたものもあるけれど、得たものもあると思う。いま、俺たちがやるべきことは、一般性であるとか、ロックが新たに得たものを利用して、聴き手に生きるためのエネルギーを届けていくことだと思う。
――また、それをやっていくことが後進のためにもなるわけだし。
増子 そうだね。俺らの世代が楽しんでバンドやってるのを見れば、若いコたちもバンドって楽しそうだなって思うだろうし。実際、楽しいから25年もバンドやってるわけだし。それこそ辛いこともたくさんあるけど、仲間がいれば、だいたいのことはなんとかなるんだよね。長い間生きてきて、最近よく思うのは、世の中って結局は人間同士が形成しているものなんだなっていうことで。どんなに退屈な職場でも、ひとり楽しい友達ができれば、そいつと飲みにいくことを楽しみに仕事を頑張れるし。好きな子ができてもそうだよね。小さな楽しみのひとつひとつが大事だと思う。
──そういう小さな幸せを日々、見逃さないようにすることも大事ですよね。
増子 そう。楽しみを見つけるためのキッカケも小さなものだっていいんだよ。やりたいことがあれば、まずはやってみればいいし。やりたいことがなかったら探してみればいい。いま、引きこもりとか、そういうことが問題になってるけど、俺から言わせれば引きこもってても全然構わないと思うよ。親は自分よりも長く生きていないから、いずれ戦わなければいけない日が来るんだけど、そのときに備える気持ちがあれば、逃げれるうちは逃げてもいいと思う。変に急に戦って死ぬよりはいいよ。生きていたほうが。だけど、覚悟だけはしとけよ、と。そのときのために、例えばアニメが好きだったら、自分でアニメ描いてみるとか、自分で原作が書けるんじゃないかと思ったら書いてみるとか、おもしろいなと思うところに、自分からちょっとずつ入っていけばいいと思うんだ。そこで仲間に出会えるかもしれないし。それが生きる希望に繋がるかもしれない。アグレッシヴにいって失敗しても全然いいでしょ。恥ずかしいだけで、別に死ぬわけじゃないんだから。
──あとあとネタになるかもしれないし(笑)。
増子 そうそう。おもしろいじゃん! そういえば俺の知り合いで、凄い人がいてさ。いまは自分で会社を興して鳶職の仕事をしてるんだけど、その人が昔、上司と喧嘩して会社を辞めちゃったことがあって。それで金が全然なくなっちゃって、仕事も見つからないし、いよいよヤバいってなったときに、ふとアルバイト・ニュースを見たら、ミュージカル〈CATS〉のオーディション告知が出てたんだって。その告知記事を見て、とりあえず給料が良さそうだからって、オーディションを受けに行ったらしいんだよ。それを聞いて、なんてアグレッシヴな奴だと思って。
──相当、切羽詰ってたんでしょうね。
増子 ま、あっさり落ちたんだけど。
──ワハハハハ!
増子 当たり前だよね。ヤンキーあがりで、歌もダンスもやったことないんだから。「もしかしたら俺にもできるんじゃないか?」って思った、そのタカのくくり方が、まず凄いよね。受かるわけないっつーの(笑)。「ニャー」って言ったらしいよ、ヤンキーあがりの兄ちゃんが(笑)。
──ある意味、ロックですよ(笑)。
増子 ちょっと好きになりそうでしょ、その人のこと(笑)。
──はい、かなり(笑)。
増子 若い頃は、それぐらい、とんでもないエピソードのひとつぐらいあったほうがいいよね。人様に迷惑さえかけなきゃ、どんだけ滅茶苦茶やったって、人生、そうそうパーになんてならないんだから。
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