安室奈美恵 『PAST<FUTURE』
未来の過去に過去がある。過去がなければ未来もない。だけど、未来は未来にしか存在しないのだ。だから『PAST<FUTURE』。アムロも安室も振り向かないぜ!
過去は振り返らない
絶対王者でありながら常に挑戦者──そんなストイックな姿勢が、実は彼女の活力源であり、そのチャレンジをひょいとやってのけるフットワークの軽さが、彼女に対する憧憬を生み、それがまた彼女を王者たらしめるのだと思う。モンスター・ヒットを記録した『BEST FICTION』の反響が大きかったからこそ、それを「振り切りたかった」という安室奈美恵の『PAST<FUTURE』。自分の写真を破った大胆なジャケットで登場したこのニュー・アルバムを作るにあたり、彼女が自身に課したテーマは〈新・安室奈美恵〉。『BEST FICTION』で彼女が示したクリエイティヴィティーにまだまだ世の中が追いついていないのに、もう彼女は次への一歩を踏み出そうというのだ。
その心理を象徴するのが、リード曲の“FAST CAR”。今回のアルバムは、これまでのR&B/ヒップホップ路線が影を潜め、ビートというよりメロディー、クールさよりも明るさの際立つ曲が多く並んでいるが、“FAST CAR”はまさにその変化を物語る仕上がりだ。オールディーズというか、キャバレー・ジャズというか、超アップデートされたバーレスク・ミュージックとでもいうか。そんなレトロな雰囲気を持つ曲である。
「そのレトロな雰囲気が好きで選んだ曲なんです。いまだからこれがいいかなって思ったんですよ。いま世の中に流れてる音楽のなかにこの曲が入ったときに、ハイテクなものに囲まれたアナログ感みたいなのが凄く新鮮なんじゃないかなと思って。だから最初に聴いてほしくて1曲目にしたんです」。
同曲の作詞は、“So Crazy”のラップ詞を書いていたTIGERが担当。彼女がフルに歌詞を書くのは今回が初だ。
「TIGERさんの歌詞はツボを突いてくるんです。強さも描きつつ、〈男の子をちょっと焦らして遊んじゃってる〉みたいな感じがあって。“FAST CAR”は〈もうあなたは私のモノよ〉的な、そういう挑発してる感じをさらっと歌ってて、大人っぽい遊び心がある恋の歌になったと思います」。
前オリジナル作『PLAY』のプロデューサーはT.Kura&michicoとNao'ymtの2組のみだった。が、その彼らは今回3曲ずつを担当するに止まり、残りの半分はTIGERのような新顔のクリエイターで制作されているのもポイントだ。例えば、久しぶりのバラードとなる“The Meaning Of Us”はU-Key zone&MOMO“mocha”N.、「詞の世界観に等身大の自分がついていけるか、少し照れましたね」というスウィートなラヴソング“MY LOVE”はHIROという、新進気鋭の2組によるもの。また、“LOVE GAME”ではDOUBLEを作詞家として起用するという業界初の試みもなされている。
「“BLACK DIAMOND”でお仕事をさせてもらった時にDOUBLEさんの物作りに対するこだわりを凄く感じて、DOUBLEさんだったらこの楽曲に格好良い詞を書いてくださるんじゃないかと思ってお願いしたんです。新しいプロデューサーの方とは初めてだからお互い手探りな感じで、チャレンジと言えばチャレンジでしたね。自分が思ってる楽曲のイメージもあるし、その方がやりたいものもあるでしょうし。でも、あえて私はそこに飛び込んでいきたかったんです」。
未来へ繋がる流れ
本作のフレッシュさは新顔の彼らが担い、T.Kura&michicoとNao'ymtは安室サウンドのルネッサンスをより高次元で追求。 T.Kura&michicoのアイデアでラップ・グループのDOBERMAN INCを起用したというアッパー・チューン“FIRST TIMER”は、複数のフックを1曲に組み合わせたようなマジカル・ポップ。DOBERMAN INCの超高速ラップも抜群の味付けになっている。
「これは他の曲のレコーディング中にmichicoさんとKuraさんが聴かせてくれたトラックで。アルバムで最後に録った曲で、ジャケットのコンセプトなどをmichicoさんに伝えて作って頂いたので、タイトル曲といえばタイトル曲かもしれないですね」。
さらにNao'ymtによる“Defend Love”は、シングル曲“Dr.”の続編というイメージで作られたミュージック・ビデオのアイデアが先にあって制作されたというスペイシーなナンバー。 T.Kura曲もそうだが、本作でこの2人が作った曲は、R&B/ヒップホップに始まり、ポップス、ロック、ハウス、果てはクラシックまで、ありとあらゆるサウンドが混合されていて完全にジャンル分け不能、別次元のJ-Popとなっている。しかも、この曲のミュージック・ビデオでは、アニメ「機動戦士ガンダム」とのコラボが実現。曲のテーマも〈戦争反対〉とスケールが大きい。
「争いからは何も生まれませんよ、ということですね。〈ガンダム〉自体、大きいメッセージを持った物語だから、ちゃんと深いメッセージを持った曲にしたいなって思っていて。映像もかなり真面目に作っていて、観ると感動すると思います」。
歌詞も曲調も振り幅がある本作を作り終えてみて、彼女は「『STYLE』に似てる印象がある」と言う。なるほど、『STYLE』はSUITE CHIC後1発目のアルバムで、これから安室奈美恵として何をしていくか?というリスタート感が強い作品だった。
「今回は『STYLE』の時と似た緊張感はありますね。〈初めて感〉が満載だから、みんなどんな反応をしてくれるんだろう?って。聴きやすいなって思う人も、進化したなって感じてくれる人もいるだろうし。『PLAY』と『BEST FICTION』っていう濃い作品が続いた後ですからね。そうやって評価が分かれる時もあれば、そうじゃない時もあるけれど、私の場合は、作品の最終段階がライヴなので。最終的にツアーで皆さんの心を掴めれば、アルバムもOKだったんだろうし、ライヴもOKだったんだろうし、ってことになるのかなって。で、そのすべてが2010年以降の流れに繋がってくると思ってるんですよね」。
『STYLE』の時には不安に苛まれながらも自分のやりたいフィールドに飛び込み、そのスタイルを突き通して、結果、『BEST FICTION』で多くの人々の心を掴んだ安室奈美恵。「今回も自信は作っていると言えますから」と胸を張る彼女の眼差しの先にはきっと眩い未来像が見えているはずだ。『PAST < FUTURE』に並んでいるのは、彼女が求める次代のポップスの片鱗たち。王者の挑戦はいつだって僕たちをワクワクさせてくれる。
▼安室奈美恵の近作を紹介。
左から、2007年作『PLAY』、2008年のベスト盤『BEST FICTION』、2009年のシングル『WILD/Dr.』、2009年のライヴDVD「BEST FICTION TOUR 2008-2009」(すべてavex trax)
▼『Past<Future』参加アーティストの作品を一部紹介。
“BLACK DIAMOND”も収録されたDOUBLEのコラボ集『THE BEST COLLABORATIONS』(フォーライフ)、DOBERMAN INCの2008年作『ZERO』(KSR)
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2009年12月16日 18:00
更新: 2010年02月10日 19:04
ソース: bounce 317号 (2009年12月25日発行)
インタヴュー・文/猪又 孝