INTERVIEW(1)――聴き手のイマジネーションに託す
聴き手のイマジネーションに託す
――今回のアルバムを聴く前に“乱反射ガール”のPVを観たんですけど、その時点でむちゃくちゃ盛り上がったんですよね。音と言葉と映像の合致感がすごいし、土岐さんが一貫してやってこられたことが素晴らしい形で実を結んでいると思いました。
土岐「ありがとうございます。あの曲は、〈乱反射ガール〉ってタイトルがまずあったんですよね。で、作曲の川口大輔君に、サビでこの言葉が何回か出てくるような曲を書いてくださいってお願いしたんです」
――タイトルから広がるイメージを形にしていった。
土岐「はい。そもそも、なぜ〈乱反射ガール〉だったかというと……今回のアート・ディレクターをやってくれてる弓削匠さんという方がいて、本業はYugeという(ファッション・)ブランドのデザイナーなんですけど、同世代で表現しようとしていることが似てたんですね。だから、いっしょに何かやりたいって話をしていたんですけども、今期の春夏物のコレクションの時に、「〈乱反射〉がテーマの洋服を作るんでコピーを考えてほしい」って依頼を受けまして。で、私が書いたフレーズが、アルバムの帯にも入る〈解き放て、乱反射ガール〉だったんです」
――80年代の広告を想起させるフレーズですよね。PVを含めて当時の化粧品のCMっぽいなあと。
土岐「そこは意識的なところですね。もともと、自分が子供の頃……70年代末から80年代中盤くらいにかけての文化や街の雰囲気に対する憧れが強くて、あのムードを作品に落とし込むことをずっとやってきたんですね。ただ、なぜ自分がそういう世界に惹かれるのかは明確にわかってなかったところがあって」
――抽象的に言えば、キラキラしていてポップな感じで……みたいな世界ですよね。
土岐「そうですね。で、〈解き放て、乱反射ガール〉ってフレーズを考える時に80年代の広告本を手に入れたんですけど、それを読んでいてわかったことがあったんです。当時の広告って表現が直接的じゃないんですよね。いまの広告は、まず商品の写真があって、これはどういう味でどういう効用があって……っていうのがきっちり書いてあるスタイルだと思うんです。でも当時のものは、イメージ的な写真にちょっと詩的な表現のキャッチ・コピーがついてたりして、具体的じゃない。匂わせるだけというか。これってなんなんだろうと考えてたんですけど、要するに消費者のイマジネーションを信用してるんだなって思ったんですよね」
――そのことに思い当たった。
土岐「そういう表現って、夢があって素敵だな、と。で、それって広告に限らず、80年代の音楽にも言えることなんですよね。当時の歌謡曲やシティー・ポップと言われる音楽にしても、詞が直接的ではなかったりする。〈スニーカーぶる~す〉とか、キャッチーな言葉を使ってすごくポップなことを言ってみたりしていて、それがいったい何なのかがわからなくても、みんなそれをおもしろがってイメージして聴いてた。いまはもっと直接的な詞が多いですよね。それこそ効能を買うというか。これを聴いて癒されるとか、どんな気分になれる、みたいなことがはっきり謳い文句になっちゃってますから」
――〈恋するソング〉とか。
土岐「そういういまのあり方とは違って、消費者や聴き手のイマジネーションに託している。そういうところで、80年代の文化やムードが好きだったんだなってのが明確にわかったんですよね。そのうえで作ったのが“乱反射ガール”っていう曲であり今回のアルバムなんです」
――当時のものの発想の仕方であったり、大げさに言えば思想みたいなところに共鳴するってことですよね。それは、80年代っぽい音にしたり、当時のシュミレーション的な作品を作ることが目的じゃないというふうにも言い換えられるんじゃないかと。
土岐「そうですね。例えば、単純にAORのオマージュをやろうと思ったことは全然ないし、やっぱり〈いま出す〉ってことに意味があるんですよ。さっき話したような80年代の表現の仕方って、あの頃はそんなに必死にならなくても物が売れた時代だったから成立したんだとも思うんです。いまは別に豊かな時代じゃないし、そのままやろうとしても、すごく難しい」
――なるほど。単に軽薄なものに映ってしまう可能性もありますよね。
土岐「そうなんです。抽象的すぎて〈なんだかよくわからない〉で終わっちゃっても嫌だし。だからそこはうまく、変換しつつですよね。なによりもまず、聴いてもらいたいですから」
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