Juwon Jung(チョン・ジュウォン)
しなやかな風を紡ぐまっすぐなコリアン・ヴォイス
柔らかい風合いを持ったハングル語のジャジー・チューンに混じって、スピリチュアルな雰囲気を湛えた韓国のトラッド曲《Bluebird》が登場する。ソウル出身のジャズ・シンガー、チョン・ジュウォンの本邦初登場作『オーシャン・ララバイ』のクライマックスとも言える1曲だ。このアジア的な湿り気を帯びた哀愁表現に触れるたび、胸の振子が鳴りまくるのである。ほんと素晴らしい。
「ありがとう。韓国でジャズをやることはスタンダードをプレイすることが自然なやり方。私もそう思っていたけど、NYに行ってみたらそれはまったく自然じゃなかった。これは自分がこれまで聴いて育ってきた音楽を大事にすることに目覚めて作ったアルバムなんです」
小学生からクラシックを学び、音楽活動を始めてからはヘヴィメタル・バンドなどで活動していた彼女。やがてジャズに開眼し、本格的に習得しようと2005年にNYへ向かう。ニューヨーク大学で学びながら、白人女性シンガー、シーラ・ジョーダンのレッスンも受けた。
「彼女と向き合って私はいかにもアジアンだってことを痛感して。歌がうまくなることより、あなたを出すことのほうが大事。自分らしさとは何なのかをまず考えなさい、と教えてくれた。すごくポジティヴな人だったな。一方私はシャイなタイプで、音楽をやっていくにはそれじゃいけないと意識の変化を与えてくれた」
人種の坩堝の街で自分を見つめ直し、音楽に対する姿勢を整えたチョンがかの地で本作の録音に着手するのは2009年2月。セッション・メンバーに旧知の仲のジョン・カワードが招かれた。リズ・ライトやアリッサ・グラハムなどの作品でも巧みなるワザを披露しているこの鍵盤奏者は、ここでもオーガニックでしなやかな彼女の歌声を引き立たせるため的確な仕事を行っている。
本作は歌だけでなく、彼女のコンポーザーとしての魅力も伝えてくれる。メロディアスでコンテンポラリーな楽曲(大半がハングル語で作られている)は、ジャズというジャンルを超えて幅広い支持を獲得すると思う。
「韓国の哨戒船が沈没した事件があったけど、さまざまな出来事が曲作りのモチーフになるの」と話す彼女だが、穏やかな日常よりも刺激に満ちた生活のほうが音楽を作るうえでいい精神状態を保てるみたいだ。
「そうかも(笑)。好きな街は、やっぱりNYかな。現在住んでいるソウルは、とてもノイジー(小声で「ごめんね、みんな」と付け加えていた)。NYも人が溢れているけど、ホッとする静かな空間がいっぱいあるから」
かつて菊地雅章のライヴを観て、彼とエクスペリメンタルな音楽を作りたいと思ったこともあるという彼女。
「(目を見開き)実験的なことは大好きだから。いろいろ挑戦したいけど、一貫した色を大事にしたいと思う」
いろんなカラーがぐちゃっと交じり合った彼女の新しい歌もそれはそれで楽しそうだ。期待したい。