HURTS 『Happiness』
カイリー・ミノーグとの繋がりで知ったという人も多いはずのイケメン2人組、ハーツ。彼らのファースト・アルバム『Happiness』に収録されている“Devotion”という曲にはカイリーが参加、ゴージャスなデュエットを聴かせてくれている。だが、両者の関係はそれだけに留まらない。彼らがライヴでカイリー嬢のヒット曲をカヴァーしたかと思えば、お返しに今度は彼女が彼らの曲をカヴァーするなど、ますます相思相愛ぶりを呈している。ハーツがカヴァーした“Confide In Me”は、カイリーがポップ・アイドルの地位を放棄してアーティスティックな方向性を模索していた時期のヒット曲。いわゆるキャッチーなだけのポップソングでない同曲を選んだあたりが彼ららしくもあり、ハーツの音楽指向を上手く表している。
「アルバム制作はバンド結成と同時に始まったから、1年半ほどかかったかな。その間にいろんな変化が起きたんだ。グループ結成時の僕は失業していたし、一時期アダムは住む家すらなかった。生きていくうえでいろんな問題があって必死だったよ。すごく落ち込んでいたね。多くの曲はそんな環境のなかから生まれている」と語るのは、ヴォーカルのセオ・ハッチクラフト。シンセをはじめとする楽器担当のアダム・アンダーソンも、こう口を揃える。
「グループを始めた頃の生活は本当に厳しかった。アルバム・タイトルを〈Happiness〉にしたのは、制作を終えてすべての曲を聴き直した時に気付いたからなんだ。どの曲も何らかの形で幸せの追求を願っているってね。すべての人が共感できるテーマじゃないかと思うよ」。
5年前にマンチェスターのクラブの前で知り合ったという2人。プリンスについての話で意気投合したのがグループ結成のきっかけらしいが、やはり80sシンセ・サウンドからの影響は大きいようだ。
「僕はティアーズ・フォー・フィアーズとデペッシュ・モードからの影響が大きいね。特にデペッシュの影響はいちばん強かった。アルバムにエレクトロニック・ミュージックを活かすことができたのは、彼らの影響が大きいよ。あとはレディオヘッドやマイケル・ジャクソン、それにリアーナやロビンといった現代のポップ・ミュージックからも影響を受けている」(アダム)。
彼らの音楽はポップでありながらも厳かで、ヨーロッパの哀愁をたっぷり湛えている。情感豊かなセオの歌声も説得力を持っているし、耽美主義に貫かれた世界観はこれからの季節にハマリそう。レコーディングはマンチェスターの小さなアパートから始まり、スウェーデンの古いラジオ局へと移って、カイリーとの仕事で知られるプロデューサーのヨナス・クァントやブラッドシャイ&アヴァントと共に行なわれた。
それにしてもバンド名がハーツ(=苦痛)でアルバム名が『Happiness』、しかも収録曲に“Wonderful Life”なんてタイトルまで付いている。そのひねくれよう、あまのじゃくぶりは只者ではなさそうだ。
「あの曲はいまとなっては大切な意味合いを持っているんだ。あの頃の生活は最悪で、現実逃避をするために書いた曲だった。悲しくて、落ち込んでいて、絶望的な人生を生きている男の物語。そこで救ってくれる女性と出会うんだ。僕らはその男と同じような境遇だったわけさ」(セオ)。
その“Wonderful Life”こそが、カイリーによってカヴァーされたナンバーでもある。弦楽奏者をバックに彼女がしっとりと非の打ちどころがないほど美しく歌い上げ、同曲に新たな息吹を吹き込んでいる(アルバム未収録)。それも原曲の素晴らしさがあってのことだろう。
ところで、なぜいつも証券マンみたいな服装なのかについて、「貧しかった頃にせめて失業手当をもらいに行く時くらいキチンとした格好をしようと思ってね」と語っているアダム。何だか微笑ましい。
PROFILE/ハーツ
セオ・ハッチクラフト(ヴォーカル)、アダム・アンダーソン(シンセサイザー/ギター他)から成る2人組。2005年12月にマンチェスターで知り合い、前身バンドのダガーズを結成する。バンド解散後の2009年初頭よりハーツとしての活動を開始。MySpaceで発表した楽曲が徐々に人気を集め、BBCの〈Sound Of 2010〉に選出される。2010年5月にRCAから2枚のシングル“Wonderful Life”“Better Than Love”をリリース。マントロニクスの手掛けた前者のリミックスがフロア・ヒットを記録する。7月にファーストEP『The Belle Vue EP』を配信リリース。9月にファースト・アルバム『Happiness』(RCA/ソニー)を発表。11月3日にその日本盤がリリースされた。
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2010年11月18日 17:56
更新: 2010年11月18日 17:56
ソース: bounce 326号 (2010年10月25日発行)
構成・文/村上ひさし