蔡忠浩 『たまもの from ぬばたま』
世の中を動かす何もない空白部分から生まれ出た、〈たまもの〉の如くパーソナルな歌たち。自身のルーツと向き合った初のソロ作が完成!
昨年、自身で設立したレーベルから『オリハルコン日和』という傑作をリリースしたbonobos。そのヴォーカリストであり、ソングライターでもある蔡忠浩(さい・ちゅんほ)が、初のソロ・アルバム『たまもの from ぬばたま』を完成させた。
「去年はbonobosでがんばったし、来年は結成10周年を迎えるので、それまでは少し間を置いて個人のことをやろうと思った。最初は、友人のアーティストの個展で流せるようなインストを作れたらと思ってたけど、作っていくうちにbonobosの楽曲では自分自身でリミットをかけていたところが、少しずつ外れていった感じですね」。
昨年末から自宅で少しずつ作りはじめたという本作には、ドラムスにSPECIAL OTHERSの宮原良太、キーボードにグッドラックヘイワの野村卓史、ホーン・セクションにEGO-WRAPPIN'の作品でもお馴染みの武嶋聡と川崎太一朗、そしてスティールパンにはトンチが参加しているが、それ以外のほぼ全パートを蔡本人が演奏している。歌のタイム感に音が寄り添っていくような、余白や余韻を活かしたサウンドが印象的だ。
「〈15ゲーム〉のパズルもそうですけど、びっしり埋まってたらギチギチで動かないけど、ひとつだけ空白があるからコマを動かせる──世の中の物事を動かすのは、何にもない空白の部分だっていうのが、自分のなかにあるんです。〈ぬばたま〉っていうのも、その象徴的な言葉かもしれないですね」。
〈ぬばたま〉とは、柿本人麻呂が〈ぬばたまの/夜さり来れば巻向の/川音高しも/嵐かも疾き〉と万葉集で詠んだように、夜の闇の深い黒をイメージさせる枕詞。
「夜だったり闇だったり、あるいは宇宙のブラックホールみたいな虚無から、いいものも悪いものも何かがひゅっと出てくるぞ、っていうね」。
そうして生まれた〈たまもの〉は、日々の生活に根差した視点から綴られていく、至極パーソナルな歌たち。
「例えば日常の対極に非日常があって、その非日常の最たるものが戦争ですよね。僕のなかには戦争に対する怖さとか怒りとかいろんな感情があるんですけど、例えば物をひとつ買うにしても、よく調べたらそれが軍需で潤ってる会社のものだったり。そうやって知らず知らずのうちに戦争と繋がってたりする。だからこそ、常に日常を見るっていうことが原点にある」。
自分のルーツである朝鮮半島について向き合った“食卓の太刀魚”という曲も、そんな日常の視点から生まれてきた。
「太刀魚は、向こうではとてもポピュラーな食材で、実家の食卓にもよく並んでました。ずっと昔から僕のなかで思ってることがあって、だけどそれは僕個人の問題だからバンドでそのことを歌にするのもちょっと違うし、どう表現していいのか自信がなかった。でもソロ・アルバムを作るこの機会に、その取っ掛かりになるものが出来たのは嬉しかった。この曲に限らず意識したのは、歌と演奏を並列に聴かせたいということ。どうしても音よりも先に言葉の持つ意味が入ってきて、言葉と音に時差が生まれてしまう。言葉に触れただけで全部わかった気になってしまう。作ってる側からすれば、言葉も音もトータルで伝えたいですから。〈何を物語るか?〉より、〈どういうふうに物語るか?〉ということに注意を払うほうが作品としてしっかりと成立するし、 そういう細部にこそ芸術が宿るんじゃないかと思うんです」。
▼『たまもの from ぬばたま』に参加したアーティストの作品を紹介。
左から、SPECIAL OTHERSの2010年作『THE GUIDE』(スピードスター)、 グッドラックヘイワの2009年作『THUNDER』(GALACTIC)、EGO-WRAPPIN'の2010年作『ないものねだりのデッドヒート』(トイズファクトリー)
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カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2010年11月23日 13:13
更新: 2010年11月23日 13:13
ソース: bounce 326号 (2010年10月25日発行)
インタヴュー・文/宮内 健