INTERVIEW(2)――ポップであることに抵抗はない
ポップであることに抵抗はない
そんなハプニングの結果、海賊ラジオ出演や先達とのコネクションを手にしたタイニーは、ニュー・ブランド・フレックスなどのクルーで腕を磨き、17歳の時にソロ活動を開始。テラー・デンジャーを擁するアフター・ショック軍団で地道にダブ録りに励みながら、自身で撮影したPVが評判を呼んだフルークスの“Wifey Riddim”(2006年)をきっかけに大きな注目を浴び、2007年には憧れのワイリーに招かれて“Flyboy”で共演も果たしている。そして、自主レーベルのDL(ディスタービング・ロンドン)から同年に発表した最初のミックステープ『Hood Economics - Room 147: The 80 Minute Course』、さらには重鎮エージェント・X&ウルトラの人気曲“Perfect Girl”などへの参加を経て、パーロフォンとの契約を手中にしたのだった。
最初にスタジオでセッションしたのはハックニー出身のラブリンス。プロフェッサー・グリーンやデヴリンなどを手掛ける新進プロデューサーだ。
「〈お互いに20歳だね。クールだね。曲を作ろう〉って意気投合したよ。憶えてるのは、彼が1曲かけて、俺が〈他にない?〉って言った。すると彼がもう1曲かけて……俺はすぐに気に入った。未完成だったけど、とにかく良かったんだ。それから詞を書いて、フックを考えて、ベースやギターも使って、〈それいいね、キープだね〉とか言って、2人で勢いに乗って作業して……12時間後に完成したのが“Pass Out”さ」。
学生の楽しげなパーティー・ライフを歌ったそのメジャー・デビュー曲“Pass Out”は、昨年2月に登場するや2週連続で全英チャート首位をマーク。同じくラブリンスによるオーセンティックなグライムの“Frisky”は全英2位。イグザンプルなどを手掛けるイシ製のポップな“Written In The Stars”はふたたび1位。スウェディッシュ・ハウス・マフィアとのトランス“Miami 2 Ibiza”は4位。それらを含むファースト・アルバム『Disc-Overy』も見事No.1を獲得している。先述のメンツの他にシャックス(ジェイ・Z&アリシアのアレでお馴染み)も助力したアレンジの多彩さも相当なもので、ドレー・ビート調のヒップホップ・トラックもあれば、B.o.B+ブルーノ・マーズのアレを思わせる“Written In The Stars”のようにドラマティックなフックを備えたポップス路線、世界的な潮流を押さえたアーバンな大衆エレポップも充実している。どんな楽曲でも絶妙のタイム感で滑り込んでくる主役の器用さに驚かされるが、なかでもグライミーな8ビット・サウンドからレゲエ、ドラムンベースへと発展する“Pass Out”はやはり刺激的だろう。
「トラックが3分30秒じゃなきゃいけないって決まりはないだろ? もしくはヴァースが2つにブリッジが1つっていう決まりもない。キャッチーである必要もないよね? そんなのはやめようって決めたんだ。好きな長さのトラックを作って、好きな時に終わらせて、うるさくして、ただ作ることを楽しもうって決めた。初めはタイトルをどうして『Disc-Overy』に決めたのか自分でもわからなかったけど、最後には意味を成すはずだと信じてた。アルバムが完成する頃には、自分のことをたくさん〈発見〉できたよ」。
本作を指して〈売りに走ったUS志向のポップス〉だというやや的外れな声もあるようだが、少なくともタイニーはアンダーグラウンド時代からもっとUS寄りのヒップホップをやっていたし、ここにあるのが現在のUKポップのド真ん中であることは間違いない(むしろUS側が西欧ポップの音に近づいているはずだ)。そして、何よりタイニー自身は出自に誇りを持ちつつ、ポップスターであることもあっさり引き受けている。
「俺はブリトニーもバスタ・ライムズも大好きだし、ポップであることに抵抗もない。常に自分らしく表現することを大事にしてきたからね。“Pass Out”みたいにパーティーの後は女の子を家に連れて帰って楽しみたいし、嘘はつかないよ」。
〈ポップ〉という言葉に何のアレルギーもない豪傑が厚みを増すグライム・シーンから登場してきたことも頼もしい限りだが、実際に彼は〈グラストンベリー〉でスヌープ・ドッグとも共演し、MOBOアウォーズで2部門を受賞するなど、すでに堂々たる英国音楽界の王道を歩んでいる。そのストレートなカッコ良さは日本でもより多くのリスナーに〈発見〉されるに違いない。
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