FLEET FOXES 『Helplessness Blues』
激賞を浴びたファースト・アルバムから3年——個の表現へと至った、心の地図としての新しいブルース。そこに描かれた風景から、あなたは何を見い出すだろう?
歌が主人公
前作がそのジャケットさながらにさまざまな人々の生活風景を一つ一つ拾い集めて俯瞰した作品だったとするなら、今作はそのなかの一人にフォーカスし、心の呟きをリアルに切り取った一枚。しかもその〈一人〉は実在する現代の人間だった……。フリート・フォクシーズの約3年ぶりとなる待望の2作目『Helplessness Blues』は、つまりはそういうアルバムだと言っていいだろう。
シアトルからこのバンドが登場した時の、思わず快哉を叫ぶような衝撃はいまも記憶に新しい。90年代にニルヴァーナやマッドハニーらを、その後もモデスト・マウスやシンズなどを送り出した老舗レーベルのサブ・ポップから、でも、そうした先輩バンドたちからの影響がカケラもない若手が現れてビッグ・セールスを勝ち取ったことは、新しい時代の到来が一つの形となった象徴的な出来事だと感じていた。何しろリーダーのロビン・ペックノールド(ヴォーカル/ギター)以下、メンバーの多くは髭面で朴訥とした、アーティストらしからぬ極めて普通の風体。顔と名前が一致しないという方もいるのではないだろうか。筆者とて同じだが、なのに、いつのまにか口の中で彼らの曲を奏でている自分がいる。そう、あくまで歌が主人公。フリート・フォクシーズは、そういう在り方を2000年代終盤に提示してくれた重要なバンドだ。
「どの時代でも新鮮に聴こえ、そして受け入れられる音楽があると思うんだ。それは、いつもその前時代に何が流行ったかで次が決められる。だから僕らのアルバムもその時代にとても求められていたテイストの音楽だったのかもしれないね。ただ、それでも今回のアルバムは前作とはちょっと異なる視点から歌詞が作られたんだ。もちろん最初のモチヴェーションは、ファースト・アルバムで完成できなかったアプローチを修正したいと思ったことさ。でも、もっと時代を卓越したパーソナルなアルバムを制作してみたいと思ったんだよね」(ロビン・ペックノールド:以下同)。
『Helplessness Blues』——〈無力感のブルース〉といった意味のタイトルにも示唆的なように、今作はリーダーでメイン・ソングライターのロビン個人の目線から見て感じたことが丹念に自問自答されたリリックの印象的な一枚だ。サウンド面では前作『Fleet Foxes』の延長発展型にあると言っていいだろう。前作同様フィル・イークが手掛けた音の質感や作風に極端な変化は見られない。もちろん、アレンジ面や曲展開はさらに細かく消化されており、バンド・アンサンブルの成熟の具合を実感することもできる。言わば、〈ヴァン・ダイク・パークス+ビーチ・ボーイズ発、バロック音楽+ゴスペル経由、伝承音楽+民族音楽着〉といったスタイルを徹底的に突き詰めていった印象だ。だが、リリックは前作と正反対の目線を持っている。それどころか、多くの曲でまるで贖罪的なニュアンスが感じられるのも興味深い。
怖くなくなった
「そう、今回はかなり僕個人の目線がカギになっているね。このアルバムを制作している時に何度か旅に出たんだけど、そのなかにはビッグ・サーやジョシュア・トゥリーとかアメリカ西海岸の北西部にある自然の美しいエリアもあってね。そこで多くの時間を過ごしていたんだ。だから今回のアルバムで触発されたのは太平洋沿岸沿い全体と言っていいかもしれない。一定の場所や景色に影響されたというより、そこで静寂に過ごした時間にふと沸いた感情とか疑問について歌っているという意味でね。ただ、この素晴らしい自然の景色について曲を書いてみようとかそういう話じゃないんだ。自然の場にいたとしても、生きるためのサヴァイヴというより、どうしても娯楽的なものにしかならない。その気晴らしにならない自然のなかで途方に暮れることが実体的な美しさより大事だと僕は思うんだ」。
タイトル曲の“Helplessness Blues”で、ロビンは無力であることの是非をみずから問い、自力で回答を見つけねばならないことを一つのテーゼにして歌詞を綴っている。それはあきらかにパーソナルな心の呟きであり、寓話的でさえあった初作の歌詞にはなかった視線によって描かれたものだ。
「自分が人間として納得がいくようになったからなんだ。自分の感情や考えを表現することが怖くなくなったからさ。僕の欠点や意見なども含めてこのアルバムでは表現してみたかった。前作はもっと間接的だったよね。作曲に集中するにはそれも悪くないけど、今回はその真逆を制作してみたかったんだ。タイトル曲を書いた時は周りでいろいろな出来事が起こっていてね。自分のコントロール範囲を超えた出来事が立て続けに起っていた。だからあの曲を書いた時は普段とは違う気持ちを感じていたんだ。でも、このアルバムで一つの区切りみたいなものができた。次の作品ではガラリと変化すると思うよ!」。
ところで、前作のジャケットを飾ったのは彼らが生まれるより遥か昔、16世紀に活躍したピーテル・ブリューゲルの歴史的名画だったが、今作を手がけているのは彼らと同じ現在のシアトルで活動するイラストレーター、トビー・リーボウィッツ。おまけに、そのアートワークで扱っている素材は、ブリューゲルが多くの名もなき市井の人々の日常であったのに対し、今作は見えない〈心の地図〉だ。あくまでいまに生きる一人の人間としての目線がそんなジャケットにも現れているのは偶然ではないだろう。先頃、この新作のテスト・プレス盤を日本の震災支援のためにeBayのオークションにチャリティー目的で出品したことについてもロビンは一人の人間としてこのように語ってくれている。
「僕にやれることをしただけさ。どんな大惨事でも音楽家は慈善事業に利益を寄付することができる立場だと思う。どんな方法でもその状況を救わなくてはいけない使命があると思うんだ。原発の是非に関してはとても複雑な問題だよね。いまわれわれはこのように大災害を招く原発が本当に必要なのかどうか、決断する時にきていると思うな」。
▼フリート・フォクシーズの作品を紹介。
2008年作『Fleet Foxes』(Sub Pop)