DIR EN GREYの歴史
GAUZE sun-krad(1999)
3作同時に発表されたデビュー・シングルを含むファースト・アルバム。未成熟で未整理な部分を残してはいるものの、現在に通じるダークネスや直情型の攻撃性に支配された楽曲が鍵を握る。一般層に訴え得る明快さを持ち合わせつつも、〈痛み〉を表現の核とする彼らの美学追求の姿勢は、最初から他者とは一線を画していた。
MACABRE FIREWALL DIV.(2000)
最初の劇的な変化。多くのV系バンドがより広く一般へアピールしようとしていたのに対し、彼らの欲求は音楽そのものを掘り下げながら深化させる方向へと傾倒。現在を基準としながら見れば発想に実力が追い付いていない部分があった事実も否定できないが、のちに開花することになる可能性の種がここで蒔かれていた。
鬼葬 FIREWALL DIV.(2002)
ハードコアな音楽スタイルへと接近しつつ、同時に実験精神が発揮された作品。ただしその音楽的な変遷においては過渡期だったと解釈すべきかもしれない。貪欲なライヴ活動を裏付けとしたバンド力の向上を自覚しつつも、当時の彼らはまだ相応しい方向性を絞り込めていない。それゆえの歯痒さと〈開花の予兆〉とが同居している。
VULGAR FIREWALL DIV.(2003)
前作との間にミニ・アルバム『six Ugly』の発表を挿んで到達した、新たな起点ともいうべき作品。ヘヴィー・ロックを基調とする表現スタイルの基本形がここで確立されている。先人たちの築き上げた様式に縛られない奔放さ、コンパクトさも痛快だ。答えをひとつ見つけた途端に可能性が一気に膨張したかのような、無敵の一枚。
Withering to death. FIREWALL DIV.(2005)
段階を踏まえつつも急速な進化を遂げた前作、その次に待ち受けていたのは〈深化〉だった。洋楽への歩み寄りではなく、あくまで自分たちの美意識に忠実に、丁寧かつ大胆に構築された耽美なへヴィー・ロック作品。発表後、欧米各国から熱視線が集中し、バンドは世界規模の活動を繰り広げるようになる。
THE MARROW OF A BONE FIREWALL DIV.(2007)
世界規模での同時リリースが実践されるようになった最初の作品。今日までの歴史において、もっとももヘヴィー・ロックへの傾倒が顕著であり、徹底的にダークで攻撃的な作風だが、随所に見られる美意識や〈痛み〉の表現には揺るぎない〈個〉が感じられる。しかしこれも結果的には〈新たな過渡期〉だった。
UROBOROS FIREWALL DIV.(2008)
ヘヴィーネスとアグレッションを最大限にまで突き詰めながら彼らが辿り着いたのは、自分たちのエンドレスな自己探求の歴史をそのまま音として具現化したかのような集大成的な作品像だった。プログレに通じる大作主義、音響系メタルの発想も採り入れながらの実験精神が、結果、彼らの現在の基準を確立させるに至った。
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2011年08月02日 20:27
更新: 2011年08月02日 20:27
ソース: bounce 334号 (2011年7月25日発行)
文/増田勇一