FLORENCE + THE MACHINE 『Ceremonials』
音楽界からもファッション界からも最上級の賛辞を浴び、誰もが認める最重要アーティストとなったフローレンス。情熱的で祝祭的で陶酔と混沌を誘う美しいGISHIKIにて、彼女が降ろしてくる壮麗な魂とは?
ロンドンで作ることが重要だった
ビヨンセが最新作のインスピレーションに挙げ、ドレイクとステージで共演し、グラミー授賞式ではヨランダ・アダムスやジェニファー・ハドソンとアレサ・フランクリンの名曲を歌って喉を競い、U2から前座に指名され、はたまたグッチから衣装提供を受けて、シャネルのショウでパフォーマンスを披露し、2012年はジャスティン・ビーバーやレディ・ガガと共に全米を代表するニュー・イヤー・イヴェントで迎える……。いまやそれが、フローレンス・アンド・ザ・マシーンことフローレンス・ウェルチの日常である。つい2年前まで地元ロンドンのインディー・ロック界で、ジャック・ペニャーテやビッグ・ピンクといった面々とつるみながら地道に下積みに励んでいた彼女が、ケイト・ブッシュにしばしば比較されるアートスクール出身者らしい特異な音楽性――〈ゴシック・ソウル・チェンバー・ポップ〉とでも呼んでおこうか?――の持ち主でありながらも、こうしてグローバルなポップ・アイコンへとスピーディーに成長したのは驚異的な出来事だ。本人もやはりアウトサイダー意識をいまだに拭えないと言うが、USを含む世界各地でロング・ヒットを記録し、400万枚のセールスに達したファースト・アルバム『Lungs』に続く、待望の新作『Ceremonials』は、彼女のアウトサイダー的ポジションをさらに強く印象づけるアルバムだ。当然のごとく全英チャート1位を獲得した本作についてまず特筆すべきは、自身を取り巻く状況は大きく変わったものの、今回もホームタウンで(録音場所はあのアビー・ロード・スタジオ)、気心の知れたバックバンドのメンバーと、前作にも参加した売れっ子の英国人プロデューサー、ポール・エプワースを交えて制作したという点だろう。
「ほら、この2年ノンストップで活動していたから、ツアーの合間に曲を書ける時間をすごく大切にしていたの。そして時折ロンドンに帰ってきては、ソーホーやサウス・ロンドンのお気に入りの場所に身を潜めるようにして、ツアー生活のテンションを解きほぐし、ずっと温めていたアイデアを放出していたわ。セカンド・アルバムについて考えることが私に一種の聖域を提供してくれて、正気を保つことができたのよ(笑)。そんなわけで、今回もロンドンでアルバムを作ることが重要だった。当初はアメリカで新しい人と組んで曲を書こうかっていう話も持ち上がって、検討はしてみたんだけど、自分がやるべきことから遠ざかってしまうような気がしたの。『Lungs』で提示したサウンドは、まだまだ発展させられる可能性を秘めていると思ったから」。
まだ処理できていない魔物
なるほど、フローレンスの選択は見事に功を奏して、本作での彼女は『Lungs』の世界を限界まで掘り下げて進化させており、途方もないスケール感と、ロマンティックで浮世離れした美意識を見せつけている。ドラム・ビートも、トレードマークであるハープやギターやオルガンの音も、コーラスも、とにかくアグレッシヴなほど馬鹿デカく、もちろんあのヴォーカルもサウンドと競い合うかのようにダイナミックに響き渡り、「なぜこんなにビッグな音を望んだのかよくわからないんだけど、歌詞がかなりメランコリックだからスケール感のあるサウンドでバランスをとって、自分を奮い立てて悪霊を追い払い、哀しみを乗り越えようとしたのかも」とフローレンス。実際、この「悪霊を追い払う」という穏やかならぬ言葉が象徴するところの、自分を圧倒するほどに荘厳かつ壮大な音楽に身を任せ、無我の境地に達してみずからを解放しようとするかのような感覚こそが全編を貫く共通項であり、〈儀式〉を意味するアルバム・タイトルの所以だ。
「そもそも私は、ずっと昔から音楽が含む祭式や儀式っぽい側面に惹かれていて、常に自分が作る音楽にも反映されていたんだけど、このアルバムでいよいよ前面に押し出されたのよ。音楽のそういう、ある種うやうやしい重みのある面が私にカタルシスを与えてくれて、邪悪なものから解放してくれるの。合唱音楽とか、ゴスペルとか、詠唱なんかがそうね。大勢の人が声を合わせて、集団で体験するようなタイプの音楽に私は多大な影響を受けているのよ」。
ではフローレンスを縛り、悩ませているもの、解放を切望させるものとは何なのかと言えば、ズバリ〈成長の痛み〉と総括できるのかもしれない。亡くなった祖母の霊、ジャンヌ・ダルクやヴァージニア・ウルフら悲劇的な最期を迎えた女性たち、アフリカン・アメリカンの作家であるチェスター・ハイムズの小説、フリーダ・カーロの絵画……実に雑多なインスピレーション源に因むイメージやメタファーを介して彼女が向き合っているのは、大人になって安定を選ぶべきか、それとももう少しカオスに満ちた子供のままでいるのか――という、誰もが一度は直面するクエスチョンだ。
「ここでの私は、いろんなものを整理しようとしているんだと思う。私は何をすべきなのか、〈愛〉をどう捉えているのか、どういう倫理観を抱いているのか、自分のスタンスを明確にしようとしているんじゃないかな。それって20代の人間にとってはごく自然なことなんでしょうし、アルバムを作り終えたいまも、まだ処理できていない〈魔物〉が私のなかには残っているんだけど(笑)」。
これほど普遍的で等身大なテーマが潜んでいようとは、『Ceremonials』の音と言葉からは想像がつかないかもしれない。しかし、ヒューマンなリアリティーをマジカルな非日常に昇華させるのが、ポップ・ミュージックの本義。それをフローレンスは実践しているに過ぎないのだ。
▼フローレンス・アンド・ザ・マシーンの作品。
左から、2008年作『Lungs』、同作のリパッケージ盤『Between Two Lungs』(共にIsland)
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2012年01月18日 18:00
更新: 2012年01月18日 18:00
ソース: bounce 340号(2012年1月25日発行)
インタヴュー・文/新谷洋子