インタビュー

渋谷慶一郎



様々なアーティストとのコラボレートから生み出した注目のサントラ

日々越境し、挑戦する多忙な作曲家、渋谷慶一郎。最新作は伊勢谷友介監督作『セイジ』のサントラだ。伊瀬谷とは同じ大学の先輩後輩の間柄であり、「女がひとりカブってる」というまんざらでもない関係。渋谷はオファーを受けると、早速映画を観て曲想を練った。

「やたら自然が映し出されている映画なんですけど、それは文明から見た自然で、そこにはテクノロジーに対する批判のニュアンスも含まれている。だから〈山の映画〉にしちゃまずいな、と思ったんですよね、壮大な弦楽オーケストラとか(笑)。で、伊勢谷君には、テーマはピアノで作るけど、全編ピアノを素材にしたエレクトロニカのコンピレーションでいきたいって言ったんです。だから参加するアーティストは僕に選ばせて欲しいけど、それでいい?って」

その結果、渋谷はテーマ曲と全体の三分の一程度の楽曲を手掛け、それ以外を様々なアーティストがリミックスする、というユニークなアプローチでサントラが制作されることになった。そこで渋谷が声をかけたのは、オヴァル、ミカ・ヴァイニオ(パン・ソニック)、evala、Ametsubu、真鍋大度など多彩な面々。渋谷は彼らに映画を見せ、シーンを指定して曲を発注した。

「エレクトロニカで作曲をきちっとやらせると面白そうだなっていう人、ピアノを素材にして面白いものを作りそうな人を直感的に選びました。例えばevala君とかオヴァル、Ametsubu君なんかは、情景が浮かぶような音楽が多いから合ってるだろうなと思ったんです。それで彼らから送られて来た曲を僕が聴いてジャッジしていった」

映画は、大学最後の夏休みに自転車でひとり旅をしていた〈僕〉と、国道沿いの寂れたドライヴインで雇われて店長をしている男、セイジとの出会いを描いた物語。セイジと〈僕〉の交流を通じて、自然と人間の関わり方、そして、救済という重いテーマが描かれていく。そんななか、ピアノ(生音)とエレクトロニカ(電子音)で構成されたサントラが、自然と文明の関係という映画のテーマをなぞりながら、物語に奇妙な浮遊感を与えている。映像に異化作用を与えるようなサウンドは、単にサントラ(劇伴)というよりも映像とのコラボレーションといえるかもしれない。

「映像が浮遊するような、物語がちょっと浮くような感じの音楽の付け方っていうのが、この映画にはいいんじゃないかなと思ったんです。重要な森のシーンがあるんですけど、そこにすごくエレクトロニックな音をつけたんですね。《フォレスト》という曲なんですが、映像と合わせた時の浮遊感が象徴的だったんです。ただ、映画的には進み過ぎてたみたいで(笑)、結局使われなかった。でも僕は職業作曲家じゃないからいわゆる劇伴なんてできないし、音楽にコラボレーティングな要素がないと、やる意味がないと思ってるんです」

そして、完成したサントラからは、想定外のイメージ・ソング《サクリファイス》が生まれた。ピアノ・ソロのメロディを聴いて「ポップ・ミュージックとして成立できる」と判断した渋谷は、「プロの作詞家よりも、音楽を作っていて詩も書ける、リズム感が良い人に頼みたい」と作詞を菊地成孔に依頼。ヴォーカルには「僕好みの、ちょっと抑圧された歌声をもつ」太田莉菜を起用した。

「この曲はトラックをすべてシンセで作っているから、エディットした時、同じピッチで違った音色がビシッと合う。そうすると音色に火花が散るような鮮烈さが生まれるんです。その鮮烈さを〈歌の味〉とかで汚したくなかったから、ヴォーカルはKARAのヴォイス・エディットをやっている人を連れて来て、三日ぐらい徹夜して細かくエディットしてもらった(笑)。そうやって、限りなく人工的にしていったんです」

面白いのは、その曲をピアノとヴォーカルで一発録りしたヴァージョンも、シングルに収録していることだ。人工と自然、その対比はここでも映画のテーマと共鳴しているが、それはここ数年、渋谷が追求してきた問題でもあった。

「一発録りのほうはDSDで録ってるんです。録音した空間をどれだけリアルに再現できるか、ということで。だから、両方のヴァージョンとも最新のテクノロジーを使いながらテーマは正反対。これまでテクノロジーを使って音楽を作ってきたけど、すぐに楽器を使って人間に回帰するのが嫌でフォークトロニカとか散々批判したんです。でもテクノロジーが進化してきたことで、ようやくテクノロジーを通じて人間という問題に向き合う気になってきた。だから、ここ最近の活動の成果がこのシングルに結実していると思います」

今後、新しいサントラ『はじまりの記憶 杉本博司』のリリースも控えている渋谷。こうした映像とのコラボレートから、一体どんなところに突き抜けるのか。その軽やかな疾走(そして、時として暴走)を見守り続けたい。

撮影:鈴木心


カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年04月27日 16:13

ソース: intoxicate vol.96(2012年2月20日発行号)

取材・文 村尾泰郎