インタビュー

一柳慧

フラジャイルな構造を持った音楽の実現

日本を代表するオーケストラのひとつ、東京都交響楽団。現在はプリンシパル・コンダクターのエリアフ・インバルとのライヴCDが好評を博す一方で、普段なかなか簡単には取り上げられないような現代の作品も、毎年、定期演奏会シリーズで我々にその貴重な機会を提供している。《日本管弦楽の名曲とその源流》シリーズもそのひとつで、昨季に引き続き、今年も作曲家の一柳慧氏プロデュースによる公演が2回、開催される。8月28日は、今年生誕100年を迎える、一柳氏とも縁の深い、ジョン・ケージと、一柳慧、9月3日には、松平頼暁とルチアーノ・ベリオという組み合わせによるプログラム。今回の企画について、プロデューサーである一柳氏にお話を伺った。

「小松左京さんが『日本沈没』を書いた頃、1970年代の初めですか、災害文化を育てなくてはいけないとさかんに言われたんですね」。一柳慧さんの話っぷりがいつにも増して熱っぽい。「日本は巨大地震や巨大津波にどうしても襲われる。でも当然ながらしょっちゅうではない。戦後日本の高度経済成長も地震や津波が比較的少ない時期に推し進められた。その時代に導入された科学や技術、それに伴う思想は、圧倒的に西欧やアメリカの東海岸で生まれたものですよ。それを我々は西洋の合理主義とそれに基づく文明の果実として受け取って、信頼し信仰してきた」。はて、西欧とアメリカ東部の共通点とは? 地震があまりないということだ。日本の文明が真っ先に顧慮しなければならない地震や津波が、そこで生まれた科学や技術や思想にはあまり入っていない。もちろん日本流にアレンジしてきたつもりではあったのだが、土台が違い過ぎるからうまく行くとはかぎらない。その証拠に「3.11」に日本の文明も日本人の精神もまったく対応できていないと、一柳さんは言う。

そこで災害文化である。それは地震や津波災害がいつでもありうると常に意識する心を作る文化であり、災害に襲われても挫けぬ心を育てる文化であり、災害大国に生きる人間の基本になるべき文化だろう。一柳さんは今、そういう文化に棹さしてゆきたいとの思いに、強く駆られておられるようだ。

といっても一柳さんはもちろん政治家や科学技術者やジャーナリストではない。具体的に防災対策をする立場にはない。また一柳さんは作曲家としても、原発事故を描写するカンタータとか防災啓蒙ソングのような赤裸々なものを作りたいタイプではない。するとどうしたいのか。地震と津波を避けがたい国に住む日本人にしか発想できない音楽のかたちを追求したい。脆弱な大地の上に住むほかはない日本人ならではの表現の入ったシンフォニーやコンチェルトを書きたい。一柳さんの思いである。

それは具体的には? 岩盤が入り組み断層も幾らでもある日本の地面の下のような、フラジャイルな構造を持った音楽の実現。そういうものだと承った。古典音楽でも戦後西欧前衛音楽でも、およそ西洋クラシック音楽と名のつくものの主流はがっちりした構造をもっている。地震のほとんど起きないがっちりした岩盤の上に乗っているかのように。その安定性をひび割れさせる。明確な形式を借りつつそれを破局させる。周期的なパターンに非周期的・想定外的な仕掛けを組み合わせることで、浮き草のあっちに行きこっちに行きするような、見通しにくい音の景を作る。交響曲第8番「Revelation 2011」はそういう仕掛けに満ちた音楽だ。室内管弦楽版と大管弦楽版があり、前者は昨年暮れに初演され既にCDもある。後者は今度が世界初演だ。ベルクやシェーンベルク、あるいはショスタコーヴィチやオネゲルなどと遠くない音楽のようにも聴こえる。しかし細部においては歪みや曖昧さや気紛れが一杯仕掛けられている。そこから日本の頼りない大地に身を委ねるしかない日本人ならではの思いがしみてくる。そういう国に生きているのだなと感じる。それが災害文化のひとつのかたちなのだろう。

一緒に演奏されるのは一柳さんの師匠、ケージの「エトセトラ2」と、一柳さんのもうひとつの新作、ピアノ協奏曲第5番「フィンランド」。前者はオーケストラのプレイヤーに指揮者の打点からわざとずれて音を出したりすることでフラジャイルな合奏のかたちを追求する。その意味で日本的で災害文化的にも解しうると一柳さんは言う。後者は舘野泉さんに捧げられた左手独奏のためのコンチェルト。フィンランドは地殻が安定し地震がない。そのうえに豊かな文化と産業を築いて生きている。そこに暮らす舘野さんは病という個人的災厄にもめげず左手でがんばっている。復旧復興への情熱だ。一柳さんは住むのに安心な北欧の国をとても羨ましく感じ、また舘野さんの情熱に感服している。その2つの思いが交錯する新作。楽しみである。

写真©Koh Okabe

東京都交響楽団公演情報
《日本管弦楽の名曲とその源流-15(プロデュース:一柳慧)》

第739回 定期演奏会Bシリーズ

8/28(火)19:00開演/18:20開場
18:35~18:50 プレトーク:一柳慧(作曲家)片山杜秀(音楽評論家)
会場:サントリーホール
出演:下野竜也(指揮)舘野泉(P)
曲目: ケージ:エトセトラ2(4群のオーケストラとテープのための)(指揮:下野竜也、大河内雅彦、松村秀明、沖澤のどか)
一柳慧:ピアノ協奏曲第5番「フィンランド」-左手のための(世界初演)
一柳慧:交響曲第8番「Revelation2011」(管弦楽版初演)



《日本管弦楽の名曲とその源流-16(プロデュース:一柳慧)》

第740回 定期演奏会Aシリーズ

9/3(月)19:00開演/18:20開場
18:35~18:50 プレトーク:松平頼暁(作曲家)片山杜秀(音楽評論家)
会場:東京文化会館
出演:高関健(指揮)岡田博美(P)
曲目: 松平頼暁:コンフィギュレーションⅠ/Ⅱ
松平頼暁:オーケストラのための螺旋
ベリオ:協奏曲第2番「エコーイング・カーヴ」(ピアノと2つの楽器群のための)(日本初演)

http://www.tmso.or.jp/

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年07月03日 12:14

ソース: intoxicate vol.98(2012年6月20日発行号)

取材・文:片山杜秀(音楽批評/政治思想史)