後藤まりこ 『299792458』
ミドリ解散から1年半、セーラー服に続いて赤いフェンダー・トルネードも捨てた天使がいよいよ再臨する──あらためまして、はじめまして、後藤です。
走り出したら止まらない──2010年暮れのミドリ解散以降、2011年8月に行われた〈ARABAKI ROCK FEST.11〉にCOMBO PIANOのゲストとして出演、12月にはソロ・ライヴを敢行するなど新たな活動を加速させてきた後藤まりこがファースト・アルバムを完成させた。NATSUMENのフロントマンであるAxSxEをはじめ、千住宗臣、仲俣和宏、渡辺シュンスケといった強者たちを引き連れて作り上げた『299792458』(読み:ごとうまりこ)は、自由奔放なジャム・セッションが大きなうねりを生み出しながら天高く駆け上っていくようなアルバムだ。ポップ、キュート、ハードコア、アヴァンギャルド……さまざまな言葉を呑み込む生命力に満ちたサウンドのなか、後藤まりこの変幻自在な歌声も突っ走っている。
今回は鼻歌です
──腕利き揃いのバンドを従えてのアルバムになりましたが、このバンドはどんなところが気に入ってますか?
「ふんわり言うとしたら、尊敬できるんですよ、みんなのことを。頼れるし、ぼくの音をちゃんと聴いてくれるし、それぞれ自分のフィルターを通じてレスポンスしてくれる」
──後藤さんの感情の機微を敏感に拾ってる感じがしますね。
「そういうレスポンスは超早い。それでいてひとりひとり反応が違うから、やってて本当に楽しいです。それに、それぞれぼくがいちばんやりたいことを抽出してくれる」
──いいですね。そんなメンバーと一緒なら、レコーディングも順調にいきました?
「うん。何曲やるとか、どんなことするとか、全然決めんとレコーディングしたんやけど、3日で7曲くらい録れてしもたんです。その時はレーベルとかまだ全然決まってへんかったし、〈まあ、名刺代わりに2、3曲録れたらいいか〉くらいな軽い気持ちやったんやけど、〈いっぱい録れてたし、ちゃんと出しとき〉って周りに言われたから、ちゃんと出そうと思いました(笑)」
──ミドリの時は曲の青写真は作らずに、現場でいきなりセッションしてレコーディングをする、と訊いたんですが、今回はどんなふうに進めていったんですか?
「〈いっせーの〉で、みんながバーン!とやって、ぼくがぷ〜っと歌って。だいたい一発録りでした。たまにぼくが〈もっと無茶してエエよ〉とか言うたりして、何回かテイクを録ったんですけど、テイクごとに違う良さがあって。録音はAxSxEさんにお任せしたんです。バンドが出している音を、そのままアウトプットしてくれる人やから」
──今回のレコーディングでは、AxSxEさんの存在が大きかったんですね。
「大きかった。ミックスとか音に関してはお任せで、AxSxEさんに〈こんな感じ、どう?〉って言われて聴いてみると、全部ぼくの想像を上回ってたんで〈うん、いいよ〉って。逆にぼくも〈こんなコーラスを考えてんけどどう思う?〉って相談して、AxSxEさんの横でフンフン歌ったりして、〈ああ、いいと思うよ。歌っておいで〉って言われてマイクの前で歌ったりとか」
──毎回、想像を上回ったものが返ってくる、というのもスゴいですね。
「ぼく、最初はもっと雑なもんが録れると思ってたんで、っていうか、録ろうって思ってたから。せやから、AxSxEさんが〈お、マジで?〉っていうものを録ってくれて嬉しかったですね。AxSxEさんは、ぼくが想像していなかったようなところで曲の良さを引き出してくれた」
──後藤さんの曲の良さを客観的に見てくれたんですね。そもそも、後藤さんはどんなふうに曲を作るんですか?
「今回は鼻歌です。風呂とか、台所とか、散歩してるときとか、メロディーを思いついたら携帯に入れてて、それを元に作っていきました。“ゆうびんやさん”とかは、スーパー銭湯で炭酸風呂に浸かってるときにメロディーが浮かんで、〈どうしよ、録音せなあかん〉って(笑)」
──(笑)。そんなふうに録り貯めた鼻歌をもとにメンバーが拡げていくわけですね。
「そうです。ぼくがみんなの前で〈にゃ〜にゃ〜〉とか歌って。それでみんなで音を出していく」
歌ってる楽器が好きなんです
──バンドの音がすごく良いですよね。生々しくて、感度も鋭くて、まるで生き物みたいです。バンドの音を合わせる時に何か意識したことはありました?
「意識した、っていうのはようわからへんけど、音の好き嫌いはあります。ギターにしてもベースにしても、というか全部なんですけど、ぼくは歌ってる楽器が好きなんですよ。ただ流してるだけじゃなくて」
──後藤さんとバンドがみんなで合唱しているみたいな感じですね。だから、こんなに昂揚感がある。バンド・サウンド以外にも、今回はいろんな楽器が入ってますね。
「グロッケン(シュピール)とか、ヴィブラフォン、マリンバとか、そのへんはWUJA BIN BINのあずにゃん(山田あずさ)が叩いてくれていて。あとフルートも入ってるし、チューブラーベルズがガゴーンって鳴ってたり」
──“うーちゃん”や“ドローン”で聴けるホーン・セクションも印象的でした。
「NATSUMENの3人がやってくれたんですけど、すごい楽しかった! (アレンジについては)ぼくが歌ったりして説明するんやけど、(と身体をくにゃくにゃ揺らしながら)こんな感じでってやるときもあって」
──ほかのメンバーにもボディーランゲージでイメージを伝えたりしてたんですか。
「そう。(実際に動きながら)こんなんとか、こーんなんとかやると、そこからみんなイメージを汲み取ってやってくれた。すごい優しかったです。ぼく、曲のイメージって、いつもぼんやりなんですよ。それをちゃんと(具体的に)描いてくれる職人がいっぱいおる、みたいな感じやった」
──ミドリの時もそうだったんですか?
「ミドリのときは、もうちょっと音楽用語を使ってた気がします。〈六度の音がどうちゃら〉とか。でも今回は結構、適当」
──〈イメージ〉というところで訊きたいんですけど、1曲目のタイトルが“HARDCORE LIFE”で、最新のアーティスト写真にも〈HARDCORE〉という言葉が入ってますよね。後藤さんにとって〈HARDCORE〉ってどんなイメージなんですか?
「概念を持たせてません。自分のなかのふんわりした、ぼんやりした抽象的な何かであってほしいし、心の支えであってほしい。だから言葉にはできないです」
──そういうものって、ほかにも何かあります?
「これだけ。そういうの、そんなにたくさんいらへんから」
──後藤さんにとって必要不可欠な何かなんですね。
「確実に」
──では最後に、完成したアルバムを通して聴いた感想を。
「好きです! みんなに〈良いものできたよー〉って言えるアルバムになりました」
▼後藤まりこの参加作。
左から、2011年の『モテキ的音楽のススメ Covers for MTK Lovers盤』(ソニー)、サイプレス上野とロベルト吉野の2012年作『MUSIC EXPRES$』(felicity)
▼ミドリの作品を紹介。
左から、2007年作『清水』、2008年作『あらためまして、はじめまして、ミドリです。』、2010年作『shinsekai』(すべてソニー)
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カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2012年07月23日 19:00
更新: 2012年07月23日 19:00
ソース: bounce 346号(2012年7月25日発行)
インタヴュー・文/村尾泰郎