NOSAJ THING 『Home』
時代の空気を吸い込み、ゆらゆらと漂いながら辿り着いた先には、より深淵で、より美しく、より刺激的で、よりストーリー性を帯びた音世界が広がっていて……
フライング・ロータスを筆頭に、ラスGやサムアイアムなど数多くの気鋭ビートメイカーを輩出し、LAビート・シーンのメッカとして注目を浴びるパーティー〈Low End Theory〉。日本でも2008年に初開催され、去る9月に行われたジャパン・ツアーではガスランプ・キラーやジョンウェインらが出演。また、2011年には〈Low End Japan Benefit〉と題した東日本大震災のチャリティー・イヴェントが現地LAで開催されたことも記憶に新しい。
その〈Low End Theory〉の常連であり、2012年3月に来日も果たしたジェイソン・チャングのソロ・プロジェクト、ノサッジ・シングが3年ぶり2枚目となるニュー・アルバム『Home』を完成させた。彼はLAを拠点に活動する27歳の韓国系アメリカ人ビートメイカー/ターンテーブリスト。13歳で音楽制作を始めると、地元のビート・バトルで優勝するなど名を上げ、レジデントDJのD・スタイルズのウェブで存在を知った〈Low End Theory〉に飛び入り参加してデビューを飾る。その才能は〈Low End Theory〉創設者のダディ・ケヴやフライング・ロータスに早くから認められ、ディプロやDJ KRUSHといったトップ・アーティストとも共演を果たすなど、LAビート・シーンの中核として頭角を現した。そして2009年にアルファ・パップより発表したファースト・アルバム『Drift』が、エイフェックス・ツインやボーズ・オブ・カナダからブリアルまでを引き合いに出されて称賛を呼ぶ。また、リミキサーとしても名高く、レディオヘッドやポーティスヘッド、ドレイク、XXなど依頼は引く手数多。最近もベックのプロデュースでフィリップ・グラスのリミックス・アルバム『Rework_Philip Glass Remixed』に参加し、大きな話題を集めたばかりだ。
そんな彼の新作において注目のトピックは、新たにヴォーカリストを迎えている点だろう。そのひとりが、先行シングル“Eclipse/Blue”で妖艶な歌声を聴かせるブロンド・レッドヘッドのカズ・マキノ。シンセのメランコリックな音色と巧みなビートメイクが織り成すノサッジ流のドリーム・ポップで、近作のビョークも彷彿とさせる壮麗なナンバーだ。
「あの曲をインストで最初に書いた時、彼女の声がこれに乗っかったらどうなるだろうかと想像してみたんだ。とにかく彼女の声が大好きなんだよ。それでお願いしたら、ラフなヴォーカル・パートを自分の馬を飼っている小屋で録音して送ってくれた。で、僕がNYに行った時に彼女と会って、ちゃんとしたスタジオでレコーディングし直したんだ」。
そしてもうひとりが、“Try”に参加したトロ・イ・モワことチャズ・バンディック。
「チャズは音楽的な感性が素晴らしく、鍵盤を弾くのも凄く上手い。彼と2人で共作する時は、お互い話をしなくても意思の疎通ができるんだ。彼がキーボードで何かコードを弾いたら、僕がそれにドラムのプログラミングやベースを乗せてみる。それまでの僕にとって、音楽を作ることは決して楽しいものではなかった。でも、チャズといっしょにやってみて音楽を作ることが楽しいと思えるようになったんだ」。
ノサッジは「クラブでDJにプレイしてもらうものというよりも、自分が普段車に乗っている時とか、ヘッドフォンを通して聴きたいと思うような曲を作りたかった。単なるビートをベースにしたトラックというよりも、物語性のある音楽を作るという、ソングライティングやストーリーテリングを追求した」と語る。前作を彩った硬質なビートや、ダブステップも凌駕するファットなベースラインは健在だが、サウンド・デザインはよりニュアンス豊かな丸みを帯び、リスナーを限定しない折衷性や抽象度を増した。そうした変化は、“Distance”のようなアンビエントや“Tell”のようなアーバン・トラック、あるいはドビュッシーやエリック・サティを愛聴する現代音楽/クラシック音楽の素養が反映された“Prelude”からも窺える。
ちなみに、現在ノサッジとトロ・イ・モアは新たなプロジェクトを進行中で、2013年に作品のリリースを予定しているとのこと。また、「最近は自分の声を使って実験をしている。必ずしも歌っているわけじゃない。人の声が生み出す音に興味があるんだ。呼吸といった些細なことでもいい。あるいは話をする時に立てる音とか。そういうのをサンプリングしていろいろ試している」らしい。
▼関連盤を紹介。
左から、トロ・イ・モワのニュー・アルバム『Anything In Return』(Carpark/HOSTESS)、ブロンド・レッドヘッドの2010年作『Penny Sparkle』(4AD)、ノサッジ・シングの2009年作『Drift』(Alpha Pup)、フィリップ・グラスのリミックス盤『Rework_Philip Glass Remixed』(OMM)
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2013年01月24日 20:45
更新: 2013年01月24日 20:45
ソース: bounce 351号(2012年12月25日発行)
インタヴュー・文/天井潤之介