CHRISTOPHER OWENS 『Lysandre』
2012年7月に突如ガールズからの脱退を表明し、ソロ・アーティストとして歩みはじめたクリストファー・オーウェンス。そんな彼からさっそく届けられたファースト・アルバム『Lysandre』は、音楽による一編のラヴストーリーだ。ここではガールズとして初のツアーに出た時の興奮から、リサンドラという女性と旅の途中で出会い、恋に落ち、そして別れを経験するまでがロマンティックに描かれている。
「アルバム自体はかなり前に出来上がっていたもので、それぞれの曲で起きたこと、感じたことを時系列に並べ、ひとつの物語として語っている。歌詞だけじゃなくて音楽がストーリーを語るようなものを作りたかったんだ」。
ガールズでのラスト・アルバム『Father, Son, Holy Ghost』にあった重々しさから一転し、新作ではフルートや女性コーラスをフィーチャーしたソフト・ロック調の軽やかなアレンジが施されているのが印象的だ。なかでも“New York City”は、サックスの音色が摩天楼の夜景に相応しいムードを粋に盛り立ててくれる。
「ルー・リードがソロになった時に、音がそれまでとガラッと変わってサックスがたくさん使われるようになったことを思い出したんだよ」。
そして、アルバム後半、彼は飛行機に乗ってフランスへ旅立ち、そこでリサンドラと出会う。ちなみに、フランス到着時に味わったという開放感が表現されたレゲエ調の“Riviera Rock”は、どこかセルジュ・ゲンスブールが78年に発表した曲っぽかったりもして……。
「“Sea, Sex And Sun”だね! もちろん昔から凄く好きなアーティストだよ。このアルバムは彼の『Histoire De Melody Nelson』に通じる部分もあるよね」。
ところで、クリストファーはこれまでもガールズで嘘偽りのない赤裸々な心情を音に乗せてきたが、今回の作品ではそこからもう一歩進み、実際に起きた出来事をありのままに歌っている。あまりにも自分自身をさらけ出しすぎて、怖いと思うことはないのだろうか?
「もちろん、そういうふうに感じる瞬間はあるよ。でも僕にとっていちばん重要なのは自分の物語を語ること。だから、恐怖を感じることで逆にそれが〈これをやり遂げなくちゃ〉と思う力になるんだ」。
そんな〈恐れ〉をポップソングに昇華させたのが、7曲目の“Love Is In The Ear Of The Listener”だ。〈もし僕がライヴでひどいシンガーだったらどうしよう〉と歌い、そして〈でも愛すべきかどうかは聴く人次第なのさ〉と結ばれる。ちなみに、ステージへ上がることに対する不安はいまでもあるのだろうか?
「うん、それは常に感じているフィーリングだし、今後も決してなくなることはないと思うよ」。
なるほど。では、こんなにも〈裸〉な内容のアルバムなのに、ジャケ写で顔を隠しているのは、そんな不安の表れだったり?
「それは自分でも思いつかなかったな。あれは写真家のライアン・マッギンレーにいろいろ撮ってもらったなかで、ぱっと見てすごく気に入った一枚だったんだよ」。
それはさておき、アルバム中で表現されたひとりの女性との〈出会いと別れ〉が、ガールズというバンドの〈結成と脱退〉に重ねられているのでは……とも感じたのは、単なる筆者の深読みか。
「作っている時にそういう意図はなかったよ。でも、そこからリスナーが大きなストーリーを感じてもらうのは全然構わないけどね」。
ともかく、これは彼のソングライターとしての魅力がぎゅっと凝縮された、極めて普遍的でピュアなポップ・アルバムだ。いわばクリストファー・オーウェンスというソロ・シンガーが、世間に向けて最初に発した挨拶代わりの一枚。そこに〈ラヴ〉を感じるかどうかはあなた次第である。もっとも、彼自身の真摯な〈ラヴ〉が作品中にたっぷりと込められていることは、誰の耳にもあきらかだろうが……。
PROFILE/クリストファー・オーウェンス
マイアミはフロリダ生まれの33歳。チルドレン・オブ・ゴッドのヒッピーの子として生まれ、16歳の時に教団を脱走。ホーリー・シットのツアー・ギタリストを経て、2007年にチェット“JR”ホワイトとガールズを結成する。ガールズでは2009年にファースト・アルバム『Album』、2011年にセカンド・アルバム『Father, Son, Holy Ghost』をリリースし、2012年7月に脱退を発表。その後、イヴ・サンローランのキャンペーン・モデルに起用されて大きな話題を集める。11月には地元のサンフランシスコで初のソロ・ライヴを敢行。2013年1月9日にファースト・ソロ・アルバム『Lysandre』(Fat Possum/YOSHIMOTO R and C)をリリースしたばかり。
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2013年02月01日 20:30
更新: 2013年02月01日 20:30
ソース: bounce 351号(2012年12月25日発行)
インタヴュー・文/佐藤一道 写真/ライアン・マッギンレー