上間綾乃
デビューから1年。旅を経て得た確固たる想い。
唄者のもとに、新しい「うた」がやってきた──
「声ある限り、歌います」。昨年6月の那覇・桜坂劇場でのデビュー・コンサート。終演後に上間は関係者の前でこんな宣言をしている。ただ、この時はまだ、自分の気持ちはそうあっても、「歌」を待つ人はいるのか。そんな気持ちも少しはあったはずだ。
あれから1年。東京では奇しくも沖縄慰霊の日にコンサートを行い、その後も日本全国いろいろな場所を訪れて歌を届けてきたが、その先々で上間は沢山の「待っていた」人々に出会ったはずだ。外見からは大きく変わった様子は見せないものの、1年ぶりの彼女の表情には、こうして積み上げた確信のようなものははっきりと感じられた。
「島から出て、故郷から離れるのが正直いって怖かった。ただ、もっと広い世界で沢山の人と出会い、歌を伝えていきたいという想いから、メジャーデビューの道を選びました。それから1年経ち、あちらこちらに伺っていたら、思った以上に人と出会い歌い続けることが心の栄養になりました。そして自分の想いはさらに強くなっています」
おもわず笑ったのは、全国行脚を通じて親戚が増えたと言う話「遠い親戚にあたる人が聴きに来てくれるのですが、こちらはわからないので沖縄に帰って確認すると『そうよー、来てたでしょ?』って(笑)。でも、島から来たから応援しましょうというみなさんの気持ちがすごく嬉しかった」
そんな1年の節目に上間はシングルとして2曲をリリースする。どちらの曲にも出自である民謡の要素は強くない。だからといって、民謡から脱却したのかと言えば、それもちょっと違うようだ。
「自分自身は大きく変わったとは思っていません。ただ、自分が沖縄の人の想いを背負って行くのだから、民謡をないがしろにできない、という気持ちが1年前は強かったんです。でも、ここまでやってきてみて、それだけに固執していては広がらないことにも気がつきました。だから今は、自分の唄の世界を広げていって、それが再び自分の民謡にも現れていけばいいと思うようになりました。そう考えることで、自分の今を歌った2曲も自然に歌えるんです」
「今の自分」を表現するという新曲は、沖縄のイメージを写し取ったような都志見隆によるゆったりしたメロディに、数々の名曲を世に送り出してきた康珍化が詞を書いた《ソランジュ》。そして彼女の音楽を支え続けているシンガー・ソング・ライター、伊集タツヤによる激しいビートに、上間自身による歌詞を乗せた《里よ(さとぅよ)》の2曲だ。しかも《ソランジュ》は康珍化がほぼ8年ぶりに詞を手掛けた作品だという。なんでもスタッフが康珍化に作詞を打診したところ、康自身が上間についての資料を集め、そして実際にライヴでその歌声を聴いた上で、詩を書くことをきめたのだという。日本の「うた」を作り出してきた本物が、上間に「うた」を託したのだと見ていいだろう。そして上間はこの「うた」に触れた瞬間に、「あ、“うた”が来た……これは私が歌わないといけない」と確信したという。作品を通じて作家と唄者が繋がった瞬間だろう。
事実、康の放った言霊は、どうやら上間に乗り移ったようだ。
「歌詞の中に、〈その手を離さずずっと歩いて行きましょうね〉という部分があります。手をつなぐ、というのは、不安だからだとも取れますし、これから一緒に行こうという希望もあると私は解釈しています。私自身の、たった27年の人生の中でですが、それでも出会いや別れは沢山経験してきましたし、人生で、どうしても離してはいけない“手”があるんだということはわかっているつもりです。そういった事を感じたせいか、レコーディングの時には何回も泣いてしまったんです。スタッフも何度も泣いていました。こんなことは初めてだったんですが、それまでの出会いや別れの感情が一気に来たような気もしています」。そして「曲を与えられて私が歌った、というのではなく、康さんや作曲の都志見さん、そしてスタッフの皆さんと共に、みんなで生み出した。そういう曲だと思います」とも話してくれた。
もう一曲の《里よ》は上間の作詞だが、ここで彼女は沖縄のことばを使っている。南の島国で育まれたこの美しい言葉を、是非これからも残していこうという運動はあるものの、実際のところ使える人は数少ない。特に都市化が進んだ那覇などではよっぽどのオジイ、オバアでない限り、日常で使える人は少ないだろう。しかし上間は民謡で沖縄口(ウチナーグチ)に慣れ親しんでいるから、自分の気持ちを表すのに沖縄ことばはしっくりくるのかもしれない。
「最初は伝統的なうたで使われる琉歌(りゅうか/八・八・八・六の形式で書かれる詩)にすることも考えたのですが、そこにこだわらない方が気持ちを乗せやすかったので、自由な形にしました」
さて、新たな「うた」を携えた上間綾乃は、これからもさまざまな出会いに立ち会うだろう。そして握り合う心の手はどんどん増え、その手は彼女を新たな高みに押し上げていくはずだ。高みから流れてくる上間の凛とした歌声を、静かに待ち続けたい。