CAPSULE 『CAPS LOCK』
このジャケが視力検査なら答えはいつも右だが、その音楽はこれまでの中田ヤスタカ像を覆しながらレフトフィールドを往く。『CAPS LOCK』の奏でる時間の流れから、何を視て、何を感じる?
これはまず、聴いてビックリしてほしい。前作『STEREO WORXX』から約19か月という、彼ら史上最長の空白を経て届けられたニュー・アルバム『CAPS LOCK』。アルバムのたびに気ままなグラデーションを見せてきたcapsuleではあったが、その名をCAPSULEに改めて放つ『CAPS LOCK』は、かつてなくプログレッシヴな変化を記す一作となった。
いちばん自分っぽいこと
まず、気になるのは表記の変更だが、中田ヤスタカの説明はこうだ。
「10年以上やってるんで……まあ、いいかなって(笑)。CAPSULEは自分の関わるプロジェクトのなかでいちばん自由に活動しているから、けっこう思いつきですね。整理すると、まず大文字にしようと思って、じゃあ新しくロゴマーク作ろう、せっかくロゴ作ったからジャケはこれでいこうっていう順番ですね。ちなみに『CAPS LOCK』というタイトルですが、パソコンにあるCAPS LOCKキーの機能からの引用は、実は後付けなんですけど……」。
そんな表題に導かれたのが、“HOME”や“ESC”“DELETE”といった各曲のタイトル。言うまでもなく、CAPS LOCK同様にPCキーボードの操作キーの名が与えられているわけだ。中田によると「曲名を先に並べてから曲を作っていった」そうで、しかも、一曲ずつを完成させていくのではなく、アルバムとして全体が同時にゴールする作り方で仕上げていったという。
「そうですね。作ってる間は同時進行で、アルバム内の全曲が完成に向けて並走してるみたいな。アルバムとして完成するまでは1曲出来たとしてもその曲の調整に戻らないってことはなくて、全部の曲をパラレルで行ったり来たりしながらやりました。シングルを切っていくわけではなく、せっかくアルバムが出るまで1曲も世の中に出さない作り方をしていますし、純粋にアルバムのためだけに作品を作ろうとすると、このやり方が感覚的にしっくりくるし、全曲を同時に仕上げたほうが完成度を高められると思うんです。過去に何かのために作った曲を入れることが決まってるアルバムだと、その間をどうやって埋めよう?みたいな作業になっていくじゃないですか。そういうアルバムを作らないでおく方法を選んだって感じです」。
それゆえに、制作期間中は他の仕事を一切並行させず、集中して向き合うことで仕上げたという。かつてないアルバム・リリースの間隔も、そんな制作プロセスに起因するものなのだろう。その間にはきゃりーぱみゅぱみゅをはじめとするプロデュース曲の数々や映画「スター・トレック イントゥ・ダークネス」でJJエイブラムス監督らと共同プロデュースされた“Into Darkness”が世に出る一方、コンピに提供された“Rainbow”などもあったが、当然のようにアルバムには未収録だ。
「映画やCMみたいに企画やコンセプトありきの曲を作らせてもらうのも凄い好きだし楽しいんですけど、その曲が自分の作品というより、その企画やコンセプト自体がひとつの作品であって、自分はその一部、音楽の部分を担当したっていう感じなんですよね。活動をCAPSULEだけに絞っていたら違うと思うんですけど、映画やCMに書き下ろしたり、プロデュースもやっているので、それらとのバランスだと思います。そっちでそういうことをさせてもらっているから、CAPSULEではこういうことができるってことですね。CAPSULEでは単純に自分のやりたいこと、いちばん自分っぽいことをやろっかなと思って。それはサウンドの〈自分っぽさ〉ではなくて、音楽に対する姿勢のことです。そもそも、必要だから必要な分だけ作るものではなく、誰かに頼まれなくても勝手に作りはじめたものが自分にとっての音楽なんで、その感覚ってやっぱり大事だなと思って」。
そもそも「人に聴かせるという発想がなかった」という中学時代の自由な筆捌きが、この商業的にも成功した音楽家の原点だという。そして、中田が〈その感覚〉を貫き通して、執念深くスタジオ・ワークをイキイキと楽しんだであろうことは、今回のアルバムを聴けばわかる……というか、わかりまくる!
内なる盛り上がりのための音楽
「ライヴをやらないという意味ではなく、アルバム完成後のいろいろな活動を前提に音楽を作るのが当然みたいな感覚もおかしくない?と思って。何か楽曲をリリースすることをライヴの下準備みたいに勘違いしてる人も多いと思うんですけど、いわゆるパフォーマンス時の機能は置いといて〈聴く〉ために作った音楽というもののおもしろさもあると思っていて」。
そう語る通り、『CAPS LOCK』のサウンド・デザインは、ダンス・ミュージックとしてのいわゆる〈現場〉での機能を、これまでのようには意識しないものだ。ざっくり言えば歪んだ音像もアップリフティングなビートもここにはない。
「フェスとかDJイヴェントで映える音楽って、たまたまその瞬間に自分たちの目の前にいてくれている人たちの足を止めて、しかも曲を知らなくても盛り上がるっていう種類の音楽だと思うんですけど。初めて聴いても盛り上がるってのは、〈わかる〉ってことで。具体的には、どこで手を上げればいいかとか、どこでジャンプすればいいかみたいな盛り上がりのタイミングがわかるってことです。いまダンス・ミュージックが世の中にいっぱいありますけど、やっぱり〈わかる〉構造の楽曲が多いと思うんですよ。そう考えると、そういう楽曲、つまり、ある爆発点に向かってカウントダウンしてることがわかる構造の曲をけっこうCAPSULEはやってきたと思っていて。もちろんその作り方でしか味わえない楽しさはあるし、フロアが盛り上がると作って良かったと思うんです(笑)。特にここ数年のCAPSULEはありがたいことに思った以上のライヴオファーをもらったりしてて、そうしたらなるべく出たいですし、出るならやっぱりそこでスゲー!って思ってもらいたいじゃないですか。ただ、ライヴなどで盛り上がり合う音楽ではなく、かといってBGMでもなく、一人一人が内なる盛り上がり方をすればいい音楽もあるはずなのに、世の中では目立ってないと思って。だから、このアルバムが良い悪い、売れる売れないじゃなく、こういう作り方をするミュージシャンの作品が増えればいいなという意味も込めて、〈いまCAPSULEではこれをやるよ〉っていうことですね」。
あえて短絡的に言ってしまえば、ヘヴィー・リスニングに適した、非常に繊細で緻密な作りのアルバムということになるだろうか。ただ、記号的な曲名の連なりから受ける無機質な印象は聴き心地に比例するものではなく、むしろここ最近のCAPSULE作品では際立って、ある種の温かみやノスタルジアを感じさせるものだ。そんな現在の中田のモードを優美かつ雄弁に物語るのが、ピアノの調べで始まる冒頭のインスト・ナンバー“HOME”。こしじまとしこの解体された歌声と丸みを帯びた音粒が融和するタイニーな“CONTROL”や童謡トロニカの“12345678”からはどこか初期の作品群を思い出す人もいることだろう。また、軽快な“CONTROL”はサウンド・ペレグリーノ作品にも似たイマっぽさを醸しつつ、〈テクノ・ポップ〉という形容も素直に受容しうるメロディックな人懐っこさが楽しい。一方、中田が言うところの〈内なる盛り上がり〉をより明快に体現する“DELETE”の勇ましいレイヤーや、水音の滴るドローン曲“ESC”からの“SPACE”における視覚的な音像は、映画音楽の経験も活かされたようなスケール感が圧倒的で、例えばワンオートリックス・ポイント・ネヴァーやレイムあたりとの同時代性も嗅ぎ取れるのではないか。ふたたびピアノを基調にしたドラマティックな“RETURN”にて意欲的な全8曲は幕を下ろす。
「これを聴いて長いと感じる人も短いと感じる人もいると思うんだけど、時間経過を感じてもらうことが大事で。いまって音楽が切り取られて聴かれることが多いじゃないですか。音楽って、あたりまえですけどその音楽が始まった瞬間からもう始まってるんですけど、〈どこから始まるんだろう〉ってシークされる。いや、始まってるし!って思うんですけど(笑)。つまりダイジェスト聴きみたいに、盛り上がるところを〈始まり〉として探されるっていうか。どんな聴き方も自由ですけど、〈ゆっくり曲の変化を楽しもうよ〉って思いもあるし(笑)」。
あらかじめ〈切り取られる〉ことを前提としていない各曲は、フック一発のキャッチーさの代わりに、曲ごとの意味のある長さに基づいてワクワクする気分をじっくり喚起するような風景の変化に彩られている(なお、初回限定盤のボーナスCDには、3曲の〈extended mix〉とちょっとしたユーモアが忍ばせてある!)。
「ある音が鳴ってて、それが徐々に音色が増えていって音楽になっていく、それ自体でそういうドラマができるっていうか。時間経過を感じられるのって、そこに至るまでの助走があるからで。そういうの大事だなと思うんですよ。曲にはせっかく〈尺〉っていうものがあるんで、時間の流れを楽しんでもらえればいいなと思ってます。それこそ、曲の後半のほうに展開があったりするのもけっこうあって、ゆっくり音楽を聴くつもりじゃないと気付きにくいとも思うんですけど。いわゆる〈音楽好き〉って人はいっぱいいると思うんで、そういう人もゆっくり音楽に接する時間を作ると、ちょっと違う音楽を好きになるきっかけができるかもしれないし、そういう聴き方もおもしろいと思うんです。あと、スタジオ・ワーク自体にピントを合わせて完成してる音楽ってあんまりないと思うんですよ。作曲ってわかりづらいじゃないですか。この楽しさというのは伝わりにくいからこそ伝えたいと思ってて、このアルバムを聴いて曲を作りたいって思ってもらえたら嬉しいなと思います」。
やれるならやったほうがいい
蛇足ながらも一応はっきり書いておくが……『CAPS LOCK』は、ポップな作風で知られる音楽家が別のアウトプットとして実験性を発揮してみましたとかいう類の作品ではない。『FLASH BACK』(2007年)リリース時の本誌インタヴューで彼は〈みんなが普通だと思うことをやってたらポップスが終わる〉という主旨のことを語っていたが、〈衝撃〉によってポップスの在りようを更新してきた彼の信念は現在も変わらないものだろう。つまり、ここで提示する音楽をポップなものとして機能させようとする野心も『CAPS LOCK』には織り込まれているということだ。
「みんなが安心する方法はいっぱいあったと思うんですけどね(笑)。ただ、別にやんなくてもいいのなら、やんなくてもいいじゃないですか。だから楽しいほうを選んだ。これが例えば、もしデビューできるかできないかみたいなタイミングだったら、もちろん選ばないですよ(笑)。でも、もし選ぶことが許されるタイミングなら、自分じゃなくてもみんなやったほうがいいかなと僕は思うんで、このアルバムもそうだし、こういう活動の仕方に、本当は結果がついてきてほしいなっていう希望があるんです」。
もちろんある種のわがままさは本人も認めるところだが、そこに妥協はない。
「音楽自体はいまのほうが自由にやれてますけど、活動はデビューした頃のほうがわがままだったんじゃないかな(笑)。ライヴもやらない、キャンペーンもあまりやらない。あえて、とかじゃなくて、作る以外のことをやるつもりで音楽やってなかったのでそれが普通だと思ってましたけど。当時は音楽をある意味、雑貨みたいに捉えて作ってた時期で……雑貨って誰が作ったかとかにこだわることって少ないと思うんですね、買った人が好きに楽しむものであって。そういう、音楽に対してのスタンスもそうだし、活動に対して本来そのほうが良いと思ってた部分についてもそうだし、そこになるべく近づけてるなかで、いまこのアルバムが出来上がったって感じですかね」。
アティテュードの面では根本的な回帰を見せながらも、サウンド的にはそういうわけでもないし、単にここから路線変更が始まるということでもないだろう。とはいえ、今後のCAPSULEがいろんな意味でさらなる衝撃を届けてくれることは、これで確実になったわけで、その意味でも『CAPS LOCK』は、この音楽家にとっての大きなターニング・ポイントだと言えそうだ。
「今回はこんな感じってだけで、〈これからのCAPSULEはこういう流れで行きます〉ということではないです。CAPSULEに関しては常にその時点の自分の興味を注ぎ込んでいるので、わかんないですよね。次は全曲バラードになるかもしれないし(笑)」。
▼『CAPS LOCK』と並べて楽しみたい勝手に連想盤。
左から、サウンド・ペレグリーノのコンピ『SND.PE Vol.01』(Sound Pellegrino)、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーの2013年作『R Plus Seven』(Warp)、レイムの2012年作『Quarter Turns Over A Living Line』(Blackest Ever Black)
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2013年10月23日 18:01
更新: 2013年10月23日 18:01
ソース: bounce 360号(2013年10月25日発行)
インタヴュー・文/出嶌孝次