インタビュー

仲道郁代



モーツァルトは、実はとても〈ライヴ〉な音楽

仲道郁代_J
©Kiyotaka Saito

「モーツァルトってある意味でモダンな…アヴァンギャルドな作曲家なんです」と朗らかな笑顔で語る仲道郁代。「モーツァルトといえば〈真珠の粒を転がすように〉といった、綺麗で滑らかなレガートのイメージがあったかも知れません。でも違うんです」

仲道郁代が4年がかりで完成させた、モーツァルトのピアノ・ソナタ全集がいよいよ世に出る。見晴らしの良い視界にのびた路を歩きながら、風の吹き渡る開放感。逸脱ならぬ自在の楽しみ──聴き飽かせない。

「モーツァルトはひとつひとつの音が、どれをとっても同じように鳴ってはいけませんし、古楽器や昔の教則本を学ぶにつれて、20世紀以降の奏法をあてはめると見えなくなるフレージングの感覚があります」と言うように、ちょっとした歌のひとふしや響きの色にも変化と発見が豊かで愉しい。「面白いでしょ? 私も気に入ってるんですよ!(笑)誰が何といおうと私はこう、というところまで行きつけて良かったですね」

仲道郁代の緻密としなやかな強靱とがやはり優れた結実をみた名盤、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集[2003〜07年発売]を経て取り組んだことも大きかっただろう。「ベートーヴェンの時はまだ〈いかに弾くべきか〉が強くありましたね。今回はさまざまな法則を知ったからこそ自由になったように思えます。…モーツァルトはライヴな音楽です。即興のようでありながら音のひとつひとつが必要以上でも以下でもなく、そこに在るべくして在る。稀有な人ですね!」

ソナタ全曲に幻想曲やロンド、変奏曲の選集も併せての録音、モーツァルトの自在を現代のピアノでどう生き直すかという難題を生き生きとクリアしている。

「古楽器で演奏するとき、自然な息づかいのために右手と左手が微妙にずれることがよくあります。語尾もリフトアップ感があったり…。そういうことを現代のピアノでやってみようと。そこで大事になるのは、音量ではなく〈音像〉。音像が極端に大きくなると彼のスタイルからは逸脱する。その時代の楽器を縦横無尽に使って生んだエキセントリックなアイディアを、現代楽器の良さを駆使しながらつくり直していく」

熟慮と即興、変化の喜び。「楽譜上で繰り返しを弾くとき、2回目はその時の雰囲気でまったく違うニュアンスで弾いたりしています。規則も自由度が高いですから、前打音の弾き方も〈てぃーら〉って弾いたり〈てぃらんっ〉ってなったり。昔の教則本では〈良い趣味に委ねられる〉と言われますが、規則を踏まえた上での自由さ、を満喫して弾いているんですよ」

なればこその幸福感。変化に富んだ音風景の中を、聴き手も風に吹かれながら歩くような素敵な全集だ



カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2013年10月25日 10:00

ソース: intoxicate vol.106(2013年10月10日発行号)

interview&text :山野雄大