インタビュー

Kan Sano 『2.0.1.1.』



宇宙と大地、スピリットと肉体、ビートとメロディー、歌とピアノ——ふたつの顔を持つ才人が、ロマンティシズムに溢れた恐るべき傑作(マジで!)をいま世に問う!!



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「作りはじめるまで散々迷いましたが、自分が素直に気持ちいいと感じられるものをめざしました。結果的に、自分のロマンティストな部分が強く出た作品になってると思います」。

その言葉を聞くまでもなく、極めてロマンティックな空気と麗しい旋律が聴く者を包んで放さないだろう。この先もずっと聴き続けそうなアルバム——Kan Sanoの新作『2.0.1.1.』は躊躇なくそう言い切ってしまえる一枚だ。

「即興演奏家・ピアニストとしてのキャラクターと、ビートメイカーとしてのキャラクターをどういうバランスでブレンドさせるかがいちばんの課題でした。最初はずっと手探りの状態が続いていましたが、“Long Walk”と“Go Nowhere”のデモが出来て、ようやく光が見えはじめて。結局最後まで手探りだったんですけど……。アルバムとしてまとめることより、一曲一曲をそれぞれ磨いていくことに集中しました」。

83年生まれで金沢出身のKan Sanoこと佐野観。彼の名を大きくした2011年の傑作『Fantastic Farewell』は、LA界隈の盛り上がりに象徴されるビート・シーンの文脈において喝采を浴びた逸品だった。ただ、そもそも18歳で渡米してバークリーで学んだ彼は、高校時代からライフワークとするソロ・ピアノ・コンサートから、ギタリストの石川征樹との即興作品、昨年の松浦俊夫 presents HEXへの参加に至るまで、ミュージシャンとしての意識を強く打ち出してきた人でもある。その意味で今回の『2.0.1.1.』は、ビートメイカー的な側面に焦点を当てた『Fantastic farewell』とはまた異なるこだわりから生まれた作品ということだ。

「ビートよりも歌とピアノを聴かせるというのがコンセプトとしてありました。いちばん大きな違いは、今回初めて生ドラムを採り入れたこと。mabanuaや神谷洵平君に叩いてもらいました。前作はビートの一音一音まですべて一人で作り込んでいましたが、今作では生身の人間のライヴ感を大事にしましたね。ループで作っていくビートメイク的な感覚は一度捨てて、まずピアノに向かって作曲するところから始めました」。

Bennetrhodes名義での2012年作『Sun Ya』にも初作の抽象性を解きほぐすような表情は窺えたものだが、「即興的に弾いたピアノの断片を元にイメージを膨らませて」完成させていったという今回の楽曲群はさらにソング・オリエンテッドな佇まい。全曲のメロディーをSanoがみずから書きつつ複数のゲスト・シンガーを起用した点も、本作の意図を明快に伝えるものだろう。

リード曲“Here and Now”で優美に舞うMonday満ちる(なお、Sanoは秋吉敏子のリミックスを手掛けた縁も)をはじめ、ベニー・シングスにMarter、「いま日本でいちばん素晴らしいジャズ・シンガー」というMaya Hatchが持ち味を発揮し、「ここ2年ほど家ではいつも聴いています。日本の宝だと思います」という長谷川健一の歌う“みらいのことば”で締める構成も素晴らしい。多様なアレンジに乗せて美しい鍵盤の響きが色とりどりの心地良さを導くが、そこにさらなる彩りと親密さを加えるのが、随所で聴けるSano本人のアトモスフェリックな歌唱だ。

「自分の歌はピアノやフェンダーローズを弾くのと同じ感覚で、いわゆるヴォーカルというよりはサウンドの一部として考えています。歌というより声。ヴォイスですね。もともとトラックに空気感を加えたくて歌いはじめたのがきっかけなんです」。

なお、『2.0.1.1.』という数字の意味は言わずもがな。多くのことが重なって精神的にも「いちばん死に近づいた年でした」と語る彼にとって、今作は新たな生の息吹を刻み込んだモニュメンタルな一枚と言えるのかもしれない。

「新しい音楽、まだ誰も聴いたことがないような音楽をずっと探求してきたんですけど、今作は良い具合に肩の力が抜けて、新しいものっていうよりは自分の生理に従ってとにかく気持ちいいものをめざしました。結果的に新しいものになった気がします。こんな作品はいままで作ったことがないですし、聴いたこともないです」。

確かに、こんな心地良さはちょっと味わったことがない。このヴァイブに一人でも多くの人が包まれてほしいと思う。



▼『2.0.1.1.』に参加したアーティストの作品を一部紹介。
左から、Monday満ちるの2013年作『BRASILLIFIED』(Billboard)、ベニー・シングスのベスト盤『The Best Of Benny Sings』(Dox)、Marterの2012年作『FINDING & SEARCHING』(Jazzy Sport)、Maya Hatchの2012年作『リル・ダーリン』(Spice of Life)、長谷川健一の2013年作『my favorite things』(Pヴァイン)、mabanuaの2012年作『only the facts』(origami)

 

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2014年02月12日 17:59

更新: 2014年02月12日 17:59

ソース: bounce 363号(2014年1月25日発行)

インタヴュー・文/出嶌孝次

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