インタビュー

ハンサムケンヤ 『アムネジア』



怒りを原動力としながらも、人を惹き付けるサムシングでひねくれポップな音世界を築いてきたシンガー・ソングライター。彼は叫ぶ──劣等感は快感のビートだ!!





人を惹き付けるサムシング

まずは動画サイトで火が点き、インディー時代から〈やたらおもしろいMVを作るアーティスト〉として多くの視線が集中。大胆なエフェクトを駆使してアニメと実写を合体させた“決心速度”“蟲の溜息”や、シュールなドラマ仕立ての“アラハラ”など、当時の名作群はいま観ても刺激的で、なおかつ茶髪(のちに金髪)にマッシュルームカット、メガネというルックスで歌い、踊り、演技もする姿はインパクト大。実際ハンサムケンヤ(以下、HK)には、優れたシンガー・ソングライターであると同時にポップ・アイコンとして人を惹き付けるサムシングがある。前述の作品を手掛けた気鋭の映像作家・椙本晃佑も、彼の資質に惚れ込んだひとりだ。

さらに、世界的なプロデューサー/エンジニアのGOH HOTODAがインディー時代のHKを気に入ってミックスを手掛けたり、在住する京都では直木賞作家・安部龍太郎となぜか呑み友達だったり。メジャーに移籍後も、ファースト・ミニ・アルバム『ゴールドマッシュ』のジャケットを浅野いにおが、続く『ブラックフレーム』ではGAINAXがアートワークを手掛けたり……と、才能が才能を呼び、交流の輪を広げてゆく独自の活動ぶりで、じわじわと熱心なファンを増やしつつ現在に至る。

そこへ満を持してリリースされるのが、今回のフル・アルバム『アムネジア』である。これは新作『アムネジア』にインディー期の再録ベスト盤『26-KOTO RECORD YEARS-』を合わせた2枚組という構成になっており、HK入門編として最高のアイテムになっている。

「インディー期のベスト盤は、僕が26歳になったとき、Ustreamで26時間ぶっ続けで公開レコーディングをしたときの曲です。バンドのグルーヴも、インディー時代とはまた違う良さが出ましたね。ただ『アムネジア』のほうは新しい挑戦として、いつもと違うメンバーといっしょにやった曲もあります。スタジオも京都だったり東京だったり、レコーディング時期もバラバラで、本当に好きなようにゆっくり作れました」。

サウンドの骨格は、キーボードでポップな味付けをしたパワフルで勢いのあるギター・ロック。そして、飛躍の多い、一風変わった──それでいて魅力的なメロディーを独特のクセのある声で歌う。彼がもっとも影響を受けたというビートルズを原点とし、ニューウェイヴ、のちのオルタナティヴ・ロックなどにも通じる、〈ロック〉〈ダンス〉〈ポップ〉な感覚が絶妙に混ざり合った、タイムレスなスタイル。先行してタワーレコード限定シングルになった“劣等感ビート”や、本作のリード・トラック“とおりゃんせ”がその典型だが、今回は以前よりもアレンジの幅がグッと広がり、新たな曲作りにもチャレンジできたという。

「普段は目的意識なく曲を書くんですよ、日記のように。でも“トワイライダー”“とおりゃんせ”は、初めて〈これはCD音源になるんだ〉と意識して書いた曲で、最初は不安だったんですけど、〈こういうふうにも作れるんだ〉という新しい発見がありました。“ミス御堂筋ガール”も、ディスコ・サウンド寄りというか、僕のなかでは新しいジャンルですね。この曲は〈関西弁に聴こえる英語〉のコーラスを考えるのが楽しくて、ニヤニヤしながら作ってました。あと“有名な映画”は、僕にとって初めての3拍子の曲。アルバムを通して、いろんな挑戦ができたと思います」。



劣等感を歌っているのにスッキリ

そうしたサウンド面のトピックもありながら、HKの世界を語るときに外すことができないのは、やはり個性的な視点を持つ言葉だ。“劣等感ビート”のタイトルに象徴される自身の歌詞の世界について、〈ストレスと怒りが動機になっている〉と彼は明確に語る。

「それが大部分ですね。幸せだったら、そのまま何もしなくても幸せなので、曲は書かないです。でも悲しかったり、怒ったりするときって、どうにかしないと収まらないじゃないですか? その方法が、スポーツが好きだったらスポーツに励んだり、趣味がある人だったら趣味に興じたりすると思うんですけど、僕の場合はそれが作曲だったんです。それは学生のとき──ミュージシャンとして活動する前から。で、曲を書くとスッキリして、忘れてしまう。『アムネジア』というタイトルは〈忘れっぽい、記憶喪失〉という意味で、今回収録されている10曲は、それぞれ思いがあって書いたんですけど、書くことによって浄化されて、聴くことによってまた思い出す。そういう感覚も〈アムネジア〉だと思ったんですよね」。

TVをつけたら聞きたくないことばかり、と嘆く1曲目“ランダム”や、〈イライライライラ〉と連呼する(連呼しているように聴こえる)“とおりゃんせ”。そして文字通り己の劣等感をぶちまけつつ、〈劣等感は快感のビート/弱者が奏でるからこそ共鳴〉と歌い放つ“劣等感ビート”など、行き場のない気持ちを痛快なロック・サウンドに乗せて空高く放り投げる。HKの音楽が持つ、マジカルな爽快感がそこにある。

「愚痴とか弱音をそのままスロウな曲に乗せると、ただただ落ち込むだけなので(笑)。自分の劣等感をロックなビートに乗せて歌うことで、劣等感を歌っているのにスッキリするんですよ。リスナーからもよくそういう言葉をもらうんですけど、本当に嬉しいです。僕の曲は結局、イライラした気持ちとか劣等感を陳列するだけで、〈だから明日がある〉とか〈がんばろう〉とか、まったく言ってない。でも同じ悩みを持ってる人が自分以外にもひとりいるというだけで、たぶん救われてると思うんですよ。だから別に励まそうとも思わないし、答えは結局自分で見つけるしかない。僕も同じようなことで悩んでるよ、という提示をしてあげればいいんだと思ってます」。

とはいえ、わかる人だけわかる、という存在になる気はない。自分の音楽は、もっと多くの人に届くはず──「そのために自分のなかのキャッチーなメロディーは惜しみなく使ってるつもりです」という言葉に、今作にかける強い気迫が滲む。2014年、注目しておくべきは間違いなくこの男だ。



▼ハンサムケンヤの作品を紹介。
左から、2011年作『エフコード』(古都レコード)、2012年のミニ・アルバム『ゴールドマッシュ』、2013年のミニ・アルバム『ブラックフレーム』(共にビクター)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2014年03月19日 18:00

ソース: bounce 364号(2014年2月25日発行)

インタヴュー・文/宮本英夫