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第8回 ─ ノラ・ジョーンズからphatまで--活力を取り戻した「Jazz」

連載
Sonically Speaking
公開
2003/03/03   18:00
更新
2003/09/01   18:27
テキスト
文/キース カフーン

ジャズが今、再び注目を集めています。先日行われた第45回グラミー賞では、ブルー・ノートからデビューした新人ノラ・ジョーンズが最多5部門の賞を獲得。他方で、近年の野外フェスティバルではメデスキ、マーチン&ウッドに代表されるジャム・バンドが若い聴衆を熱狂させています。ということで今回は、キースが期待をよせる「新世代のジャズ・アーティスト」たちをご紹介。

90年代初頭、冷凍庫に詰め込まれそうになった芸術

 90年代初頭の数年間、私はジャズの状況を嘆き悲しんでいた。それはまるで、親友を無くした時のような気分だった。かつてはあれほどの繁栄を見せた彼が、なぜ忘却される状況に陥ってしまったのか、私には理解できなかった。彼の気配が感じられなかった数年は、過去を真似た人工的なものばかりが目立ち、彼が永久に戻ってこないのではないかと本気で心配したものだ。

私は実際に何が原因でこのような状況におちいったのかは理解できなかったが、自分なりに原因について仮説を立ててみた。まず、往年の達人たちを神格化し、現下で起こっていた動きを無視していたジャズ・ライターたち、また「スムーズ・ジャズ」と呼ばれるありきたりの分かりやすいジャズしか放送しないラジオ局の影響。そして何よりも、ジャズ・ミュージシャンであるウィントン・マルサリス(Wynton Marsalis)からの影響が大きいのではないだろうか。ウィンストンが才能豊かなミュージシャンで、ジャズの発展に大きく貢献したのは事実だ。だが私が納得できなかったのは、彼の奏でるものは1960年代なかばに衰退したようなジャズばかりだったからなのだ。そんなウィンストンの姿は、過去の作品を土台にし、その上に新しいものを築くのではなく、まるで歴史上のジャズの偶像を賞賛することを使命にでもしているかのように映った。90年代にウィンストンは3作連続でスタンダードなアルバムを発表し、自分の定義に納まらないようなジャズのフレイバーを取り入れようとはしなかった。実はこの悲惨な状況には、日本のジャズ・アーティストも加担している。日本の多くのジャズ・アーティストは、自分で独自の音を創造したり、新たなアレンジを構築することを考えようとはせずに、スタンダードなものに頼りすぎているのだ。

過去のマスターたちを研究すること自体を否定しているわけではない。ただ私の知る限り、ルールというものは破るためにこそあるのだ。よい生徒というのは、ひたむきに勉強するだけではなく、権威を軽視するような健康的な精神を持ち合わせてなければならない。同じ勉強を続けると、低迷期が必ずやってくるものだ。私は、ウィンストンや日本のジャズ・アーティストをおとしめようとしているわけではない。ここで強調したいのは、彼らのこういった“ジャズを冷凍庫に詰め込もうとする試み”があるにも関わらず、この芸術(ジャズ)はまだまだ生きていて、盛り上がりを見せているということである。次の章では、そんな盛り上がりの中心にいるアーティスト達を紹介しよう。