グルーヴし、クロスオーバーするジャズたち
若年層のジャズへの関心を引き出したもうひとつの要素が、ファンクである。ジャズ発足当初は、人々はジャズに合わせて踊ったものだ。だが時が経つにつれ、「ジャズはじっくりと聴くための音楽」として人々に認識されるようになってしまった。パーカッション、グルーヴィーなウッドベース、ホーン・セクションやファンキーなオルガンを織り交ぜた今日のジャズは、ふたたび聴く者のからだを揺らせ、踊ることができる音楽へと変わってきている。ジャズにグルーヴを取り戻させたのが、ソウライヴ、チャーリー・ハンター(Charlie Hunter)、デニス・チェンバース(Dennis Chambers)やジョン・スコフィールド(John Scofield)らの存在だ。カール・デンソンなどはDJをフィーチャーすることで知られている。DJなどをフィーチャーすると、「そんなものはもはやジャズではない」と純正主義者からの雄たけびが聞こえてきそうであるが、私にとってジャズとは音楽を新しい次元に誘導するものである。どのようなスタイルであれ、音楽にフィットするのであれば、それでオーケーなのだ。
これまた最近台頭してきているのが、いわゆるワールドミュージックをフィーチャーしたジャズである。それを「第三世界からの音楽」と呼ぶべきだと唱える向きもあるが、とにかくアフリカ、インド、中近東や南アフリカなどの地域からの音楽が最近のジャズにはスパイスとして加えられ、より味わい深いものにしてくれている。これに関しては、ジョン・コルトレーン、ファラオ・サンダース(Pharoah Sanders)やドン・チェリー(Don Cherry)などが率先して取り組んでいる。新しいアーティスト達は常に新しい音や組み合わせを発見し、新鮮なものを生み出そうとしているのだ。
ジャズ・トリオのメデスキ、マーチン&ウッドも、こういった「音楽研究家」たちである。何も臆することもなく、実験的に新しいことに繰り返し挑戦し、素晴らしい成果をあげ続けている。この3人はまた、ギャラクティックやスリップのようなジャム・バンドのシーンにまで領域を広めている。日本のジャムバンドの中では、phatが脱帽ものだ。レーベル、クラブや批評家達にあれこれ言われる前に路上演奏することで、自分達の音楽をダイレクトに人々に伝え、自らの方向性を確立したのだから。
今ここで挙げたのは、実は氷山の一角にすぎない。今やジャズはあらゆる方向に向かい始めている。まるで氾濫分子のように生き生きとした実験ものから、ダウンテンポなラウンジ系まで。かつてのこの古きよき友人が今はどんななりをし、どんな名前で呼ばれていようと、再び元気を取り戻して人々を夢中にさせているのは嬉しい限りだ。バーでもクラブでも、もちろん一人きりで自宅にいるときでも、彼の存在は本当にありがたいのだ。
▼ 文中に登場したアーティストの作品をご紹介。