ソウルの遺産を新たな視座からリフォーマット。今回は知られざる名盤揃いのジャズ銘柄に注目!!
ソウル・ミュージックの歴史を振り返るなかで、このレーベルの名前を目にすることはほとんどなかった。メインストリーム。せいぜいテリー・ハフ&スペシャル・デリヴァリーの作品が出ていたという程度の認識で、ソウル・シーンではメインストリーム(主流)にはならなかった……というのは悪いシャレだが、それもそのはず、基本はジャズを扱うレーベルだったのだから無理もない。
レーベルを主宰したのはボブ・シャッド。40年代からサヴォイでジャズやリズム&ブルースのレコード制作に関わっていたボブは、50年代半ば、続いて入社したマーキュリーの内部にエマーシーを設立、モダン・ジャズの秀作を世に送り出して名を上げた。その後、マーキュリーを退社すると今度はタイムを設立し、そこでジャズを扱う部門として64年に立ち上げたのがメインストリームだったとされる。本拠地はNY。ボブはここで、自身がサヴォイ時代に手掛けた作品のリイシューを行いながらフランク・フォスターやブルー・ミッチェルらのジャズ・ファンク作品を送り出し、当時のブルー・ノートなどと同じく旧来のジャズ感に縛られない柔軟な発想でレーベルを進展させていく。ジャニス・ジョプリンのいたビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーのデビュー作(67年)を出していたのもメインストリームで、当時はこの雑食性が仇となったようだが、いまとなってはその多彩さをおもしろがることもできるだろう。
そして70年代、ジャズの様式を取り入れたソウルが台頭してくると、ソウルやファンクにも接近。主力商品のひとつだった女性ジャズ・ヴォーカルも、アリス・クラークやエレリン・ハーディングのようなソウル系シンガーの作品へと取って変わられていく。ただ、レーベル自体がソウルに取り組んだというより、当初は買い取りの形でソウル作品を配給し、次第にナイン・チェインズやブラウン・ドッグといった傍系レーベルがソウルに対応していった。楽曲の原産地は東海岸、中西部、南部など統一感はないが、ドラマティックス周辺のデトロイト勢に入れ込んでいたのはひとつのレーベル・カラーと見ていいかもしれない。シュガー・ビリーなどもその流れで獲得したという説が有力だ。その後、レーベルからのリリースは76年あたりで途絶えているが、本流にはならずとも当時の〈メインストリーム〉のソウル・サウンドを採り入れた作品がここには数多く残された。国内リイシューとコンピの編纂を機に、ようやく再評価の時が到来したというわけである。