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第2回――これがサイケなのね!

再発先生奇談

連載
ロック! 年の差なんて
公開
2008/05/15   19:00
更新
2008/07/17   19:49
ソース
bounce 298号(2008年4月25日発行)
テキスト
文/内山田 百聞


続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう



〈居酒屋れいら〉に若者が入って来て騒がしくなったので店を後にした。私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシュー盤収集にばかり興じているゆえ、周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。そのあだ名を自分でもまんざら悪くないと思っているから始末に負えないのだが……。

さて、店を出た私がホロ酔い気分のまま赤羽の商店街を遊歩していると、ふいに背後から肩を叩く者があった。

「あら、再発先生じゃありませんの!」。

振り返るとそこには近所に住む緑川家の若奥さんが、妖艶な微笑みを湛えて佇んでいた。

「アタシ、こんな機会をずっと待っていましたのよ」。

その言葉にドキリとした私を尻目に、夫人は長葱と大根が覗く買い物籠からおもむろに何枚かのCDを取り出した。

「実はアタシも先生と同じ道楽者なの。特に執心しているのは女性ヴォーカルもの。その筋では〈青蜥蜴〉と呼ばれているんですの、ホホホ」。

青蜥蜴? 何のことだかサッパリわからないが、私は彼女の妖しい魅力と迫力に気圧されて一言も発することができないでいた。

「ねえ、先生、こんなのどうかしら? 60'sガールズ・ポップのシャングリラス『Leader Of The Pack』(Charly/VIVID)よ。当時としては珍しいアバズレ感がとっても素敵。

同じ頃にスウィンギン・ロンドン・シーンで活躍していたルルの65年作『Something To Shout About』(Decca/Revola)でのシャウトも、男勝りで痺れますわね。

英国では後にフリートウッド・マックに参加するクリスティン・パーフェクトのソロ音源集『The Complete Blue Horizon Sessions』(Blue Horizen/ソニー)もブルージーで浸れるし、

米国なら謎多きシンガーのスーザン・カーターが70年に発表した『Wonderful Deeds And Adventures』(Epic/ソニー)もジャジーで雰囲気があるわ。

でも、先生はコクトー・ツインズの83年作『Head Over Hills』(4AD/Beggars Japan)みたいな静謐な幻想世界のほうがきっとお好みなのよね、ウフフ……あら、いけない! お肉屋さんが特売日だったのを忘れていたわ。では先生、またいつか。ごめんあそばせ!」

〈青蜥蜴〉こと緑川夫人はそう言った後、私に向かって一瞬妙な流し目を送ると、そのままヌルリと足音も立てずに雑踏の中へ姿を消していった。その後ろ姿は確かに一匹の艶めかしい、大きな爬虫類のようであった……。