ロックに年の差はあるのだろうか? 都内某所の居酒屋で夜ごと繰り広げられる〈ロック世代間論争〉を実録してみたぞ!
僕の名前は阿智本悟、社会人1年生さ。中学生の時にストロークスと出会ってロックに開眼し、リバティーンズと共に青春を謳歌した僕は、某smart誌で勉強した〈ファッショナブルなリアル・ロック・スタイル〉を実現させるべく、グラストンベリーの〈グ〉の字も知らない地元のアホどもに別れを告げて、東京（北区）に就職したばかり。これで思う存分、夢のトーキョー・ロックンロール・ライフを満喫できるぞ!……と思いきや、会社ではスキニーなロック・ファッションが浮きまくりでまったく友達ができないし、憧れの楓先輩にまでフラれてしまう始末。そんな僕の唯一の居場所、それがこの寂れたロック酒場〈居酒屋れいら〉だ。マスターは60過ぎのおっさんで、通称ボンゾさん。世代が違うからロックの話は噛み合わないし、口うるさく説教ばかりしてくるイヤなジジイだ。それでもついつい、梅割り飲みたさに足を運んでしまう毎日。そして今日もいつものように〈れいら〉にやって来たんだけど……。
阿智本「……」
今日はなんだか店の様子がおかしい。
ボンゾ&おっさんズ「じぇっ! じぇっ! じぇじぇ! じぇね～れ～いしょ～～ん♪」
いつもは僕と、内山田ナントカという小難しい名前の挙動不審なおじさんしかいないのに、今日は見たことのないおっさんたちが1……2……3人もいる。格好はバラバラだけど、みんなボンゾさんと同い歳くらいかな。カウンターだけの小さい店だから、ひどく窮屈に感じるよ。しかもすごい音量でレコードをかけて、みんなで合唱しているじゃないか。
阿智本「賑わってますね、ボンゾさん」
ボンゾ「バカ阿智本め、来やがったか! 水で薄めたドノヴァンみたいなアホ面しやがって! 今日は自分で梅割りでも作れ、俺は忙しいんだ!」
どう見ても忙しいというより騒がしいという感じだけど……。しかし上機嫌だな、今日のボンゾさんは。白髪のオールバックに口髭、レイバンのサングラスっていういつものスタイルだけど、今日はどことなく若々しい。他のおっさんたちも、年甲斐もなく頭なんか振っちゃってるし……。
阿智本「今日はどうしたんですか? 年金とか介護保険とか、老後の不安についての会合か何かですか?」
ボンゾ「テメェ、ぶっ殺すぞ! ビートルズ、ストーンズと並び称される、英国ロック界最強のレジェンド、ザ・フーの初単独来日公演が決まったんだよっ! どれだけこの日を待ち望んでいたことか。来日してくれるんなら死んだキース・ムーンの代わりに俺がドラムを叩いてもいいとすら思ってたんだ。この気持ちがお前にわかるか? わかんねぇだろうなぁ。だが、いくらアホなお前でも、“My Generation”くらい聴いたことあるだろ!」
阿智本「もちろん知ってますよ。いま流れてる曲でしょ? だって、オアシスがライヴで必ずカヴァーするからね」
ボンゾ「うるせぇ（意味不明）! とにかく、今日はザ・フーの来日とファースト・アルバムの紙ジャケ化を祝して、医者から酒を止められてるウチの元常連たちと祝杯を挙げていたところだ! みんな飲め飲め!」
おっさんズ「ぁほ～ぷぁ～だ～いびふぉ～げろ～」
〈歳取る前に死にたいぜ（I Hope I Die Before Get Old）〉って、アンタら十分ジジイだろ! ドクター・ストップ中なのにこんなに飲んじゃって。本当に死んだらどうするんだよ。
ボンゾ「うぉ～! いまから興奮してきたぜ～! もう辛抱たまらん! 木井州、オメエは菜箸でドラムやれ! 慈恩、オメエはエア・ベースだ! 露地谷、オメエは喉が裂けるまで歌え! そして、俺はこいつで」
と、ボンゾさんはおもむろに、いつも壁に掛けてあるレスポールSGを担ぎ出し、腕を風車のように振り回して弾きだしたではないか!
ボンゾ「ぎゃー! 肩がつったーッ!」
阿智本「……」
ボンゾ「俺に構うなッ! これが俺たちの青春! 俺たちのマイ・ジェネレーションだッ! チェスト～～～～～～～!」
ボンゾさんがSGを頭上高くに掲げ、カウンターに向かって振り下ろしたその時、危険を察知した僕は逃げるように〈れいら〉から飛び出していた。〈ガッシャ～ン!〉という音が背後から聞こえたのと同時に、「やりすぎたーッ」というボンゾさんの叫び声も聞こえてきた。
阿智本「なんなんだよ、いったい……」
母さん、やっぱり東京は恐いところでした……。
