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第5回――歳取る前に死にたいぜ!

再発先生奇談

連載
ロック! 年の差なんて
公開
2008/08/07   02:00
更新
2008/08/07   20:58
ソース
bounce 301号(2008年7月25日発行)
テキスト
文/内山田 百聞


続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう!



〈居酒屋れいら〉のマスターが騒がしくなってきたので店を後にした。私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシューCD収集にばかり興じているゆえ、周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。そのあだ名を自分でもまんざら悪くないと思っているから始末に負えないのだが……。

 外に出ると異様に蒸し暑い。夕暮れだがまだ陽は翳らず、家路は遠い。私は高台の途中にある百日紅の木の下で涼を取ることにした。ついでに本日の戦利品を確認しようと思い、入手したCDを鞄の中から漁っていると、坂の向こうからひとりの男が歩いてくるのが見えた。

「お、やっと日陰を発見だ!」。

男はそう叫ぶと、私のすぐ脇に腰を下ろした。

「最近海外から戻ったばかりなんだが、日本の夏も暑いねぇ!」。

目付きの鋭さのわりに妙に人懐こい口調で話しかけてきた男は、私の手元のCDを見るなり軽く口笛を吹いた。

「へえ、驚異の天然ロック3姉妹、シャッグスの75年作『The Shaggs' Own Thing』(Red Rooster/LOST HOUSE ARCHI-VE CLUB)は、オリジナル仕様でのリイシューは初めてじゃんか。しかしいつ見ても凄いルックスだなぁ、この姉妹は。

それと子供ドゥワップの立役者、フランキー・ライモンが58年に発表したソロ作『Rock 'N Roll』(Roulette/Collectors' Choice)か。“Diana”とかベタなカヴァーの選曲がニクイぜ。

お、マーカス・キーフの幻想的なジャケットが渋いツィオールの71年作『Zior』(The Beacon/エア・メイル)は、いかにも英国的なブルージー・サイケだね。あれ、デッド・カン・ダンスも紙ジャケ化されたのか。

84年作『The Serpent's Egg』(4AD/Beggars Japan)はゴスとワールド・ミュージックの奇跡的な邂逅だよな。

ん? 隠れたメロウ・グルーヴの至宝、ジェイムズ・ヴィンセントの78年作『Waiting For The Rain』(Caribou/Pヴァイン)までCD化とは嬉しいじゃないか! なんだなんだ、俺の知らぬ間にいろいろ出てやがるなぁ!」。

今日はジャンル不問のうえにかなりマニア度も高いお宝を入手してきたつもりだったのだが、一目見ただけでスラスラと感想を述べるこの男、あきらかにタダ者ではない!

「おっともう時間だ」、そう言って立ち上がった男に慌てて名前を尋ねた。

「俺? 俺の名は北千住啓。取るに足らぬ男さ。んじゃ、アディオス!」。

蒼茫と暮れ行く黄昏の坂を、男……北千住は急ぎ足で下っていった。