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第12回――トム・ウェイツの似合う店

連載
ロック! 年の差なんて
公開
2009/04/23   16:00
更新
2009/04/23   17:47
ソース
bounce 308号(2009年3月25日発行)
テキスト
文/北爪 啓之、冨田 明宏


ロックに年の差はあるのだろうか? 都内某所の居酒屋で夜ごと繰り広げられる〈ロック世代間論争〉を実録してみたぞ!



僕は阿智本悟。大学卒業後、リバティーンズみたいに狂騒的で華やかで、クールなロックンロール・ライフを夢見て北国から上京。月日の流れは早いもので、あれから1年が経ってしまった。何だろうね、この喪失感は。音楽のトレンドを一切理解しようとしない故郷のバカたちに愛想を尽かし、飛び出すように北国から出てきたものの、結局東京(北区)に来たところで音楽仲間もできず、会社の同僚にも相手にされず、毎日上司に責められ、大好きな楓先輩とも進展は一切ナシ。そういえば、最近会社でまったく声を発してない。僕が何をしたっていうの?  UKストリートの流行をビジネス・ファッションに採り入れた、日本でもっとも個性的でクールな社会人だっていうのに! 心のなかで少しだけ同僚たちを見下しているくらいで、僕に落ち度はひとつもない!! わかっていたけど、やっぱり会社の連中が悪いんだ! クソ~、もう飲まなきゃやってられないよ! そんなこんなで、今日も〈仕方なく〉いつものロック酒場〈居酒屋れいら〉にやって来た。が、何やら今日は店の様子がかなりおかしい。

ボンゾ「いらっしゃいませ、阿智本様」

そこに立っていたのは、いつもの白髪オールバックに口髭グラサンなオヤジとは一味違う、ピッチリ横分けでベストを着込み、うやうやしくシェイカーを振るうボンゾさんだった。

阿智本「どうしたの、気持ち悪い」

ボンゾ「はははっ、いつも通りですが、何か?」

意味がわからん。いつもと違って店内が異常に暗い。カウンターには仏前に立てるようなロウソクがいくつも並び、どこから持ってきたのか、アロエの鉢植えが置いてある。窓ガラスにはなぜかアルミホイルが貼られ、天井には無理矢理付けたような扇風機が夏でもないのに勢いよく回っていた。BGMで流れている歌も、凄みのあるダミ声でちょっと恐い。聴いたことあるけど、これ誰だっけ?

阿智本「ま、いいや。とりあえず梅割り!」

ボンゾ「カクテルでございますね! かしこまりました」

阿智本「は? 違うよ! いつもの梅割り!」

ボンゾ「ですから、いつものカクテルでございますね!?」

〈梅割り〉が〈カクテル〉? まさかと思い壁に貼られた短冊メニューを見ると、〈梅割り〉に×印がしてあり、横に〈カクテル〉と書いてある。その横のメニューには、〈バーボンはじめました〉の文字が。気持ち悪いが、出されたその〈カクテル〉とやらを飲んでみる。

阿智本「何だよ、いつもの梅割りじゃん」

ボンゾ「ささ、これはサービスのミックスナッツですよ。お召し上がりください」

そう言って出されたものは、どっからどう見てもでん六の〈ポリッピー〉。これは本気でヤバイ。助けを求めるように店の隅っこに目をやると、常連客の内山田ナントカさんがグッタリとした表情でノビているじゃないか!

阿智本「何これ!? どういうことか説明してよ! ボケちゃったの? ボケちゃったから横分けなの!?」

ボンゾ「うるせえ! 黙って聞いてりゃ誰がボケだ、このバカ坊主が!! トム・ウェイツのライヴ盤『Romeo Bleeding:Live From Austin』があまりにも素晴らしいもんだから、〈居酒屋れいら〉をムーディーでダンディーな〈BARれいら〉にしてみたってわけよ。どうだ? このウェイツの酒灼けした声とドンピシャだろうが!」

阿智本「確かに演奏は洒落たジャズみたいだけどさ、何だよこの野良犬みたいな声は! 酒灼けにも限度ってもんがあるよ!」

ボンゾ「バカが。この78年のライヴは、いちばんウェイツに脂と酒が乗ってた頃の最高のステージだぞ! もっとも、地方出身者のお子ちゃまにはウェイツの良さもバーの良さもわかるわけねえか! ガハハ!」

阿智本「ガハハじゃないよ! ロウソクとアロエの鉢植えが並んだバー・カウンターがどこにあるんだよ! 梅割りとポリッピーでバーなんて笑っちゃうね!」

ボンゾ「黙れ! これは梅割りじゃねえ、カクテルだ!」

阿智本「梅割りだよ! 地方出身者をバカにするな~! 今日はもう帰る!!」

僕は〈BARれいら〉から飛び出すと、怒気を撒き散らしながら家路を急いだ。母さん、バーってあんなんじゃないよ……ね?

ボンゾ「(ポツーン)……バーってこういう感じっすよね? ね、再発先生?」

内山田「……」。



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