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第14回――甦れ、わが息子!

再発先生奇談

連載
ロック! 年の差なんて
公開
2009/06/10   18:00
ソース
bounce 310号(2009年5月25日発行)
テキスト
文/内山田 百聞


続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう!



私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシューCD収集にばかり興じているゆえ周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。今夜は珍しく人に会う用があって私は一路、高台の上にある公園をめざした。待ち合わせが夜の公園というのは、いかにもあの男らしい。

「やあ、内山田君。久しぶりだね」。

漆黒の長髪に黒のタートルネック、黒塗りのサングラスに黒光りするパイプを咥えて私を待っていたのは、学生時代の友人、澁谷八彦だった。

「たまにはキミにCDでも貸そうと思ってね。フフ、学生の頃には〈宿敵同士〉なんて言われていたが、過ぎたことさ。で、さっそくだがアシッド・フォークの伝説的名盤、エリカ・ポメランスの68年作『You Used To Think』(ESP)。アミニズムめいた即興的な演奏と、それに対峙する太古の巫女か魔女を思わせるエリカの歌唱が狂おしいほどプリミティヴな逸品だ」。

気付けばやや強引な講釈が始まっていた。しかし昔から彼に得体の知れぬ畏怖を感じている私は何も言えない。全身に月光を浴びた澁谷は恍惚とした表情で続けた。

「ニドロローグの72年作『Lady Lake』(Disques Rue Bis/ Gnidrolog/RCA/BMG JAPAN)も素晴らしい。叙情的なメロディーとハードな変拍子が深い陰影を刻んで、いかにも英国的な仄暗いロマンティシズムを漂わせているが、

同じプログレでもフループの74年作『The Prince Of The Heaven's Eyes』(Dawn/アルカンジェロ)で展開されるひたすら躁状態のようなシンフォニック・サウンドは、総天然色のユートピアめいていて好対照だ。しかしどちらも強烈な物語性というか寓話性を感じるからおもしろいじゃないか。

また、スージー&ザ・バンシーズの諸作もSHM-CD化されたが、高音質で聴き直すとゴシックという耽美な黒衣で全体を覆いつつも、それでもパンクの嫡子たる攻撃性が改めて耳に突き刺さるようだよ。陰鬱極まりないこの78年のデビュー作『The Scream』(Polydor/ユニバーサル)がいちばん僕好みだ」。

やはり私は魔導師のようなこの男が苦手である。空を仰げば月が雲に隠れて、辺りは真の闇に包まれていた。ただでさえ黒ずくめの澁谷はまるで影法師じみて、もはやその姿も判然としない。

「ところで、ブラック・サバスの70年作『Paranoid』(Vertigo/Sanctuary)のデラックス・エディションは聴いたかい? インストやら歌詞違いやらが収録されたDisc-2はなかなか聴き応えがあるぜ」。

さて、闇夜で黒塗りのサングラスをかけていて視界が利くのだろうか? 彼の黒魔術講義が始まる前に、私は一刻も早く家に帰りたい気分になっていた。