続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう!
私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシューCD収集にばかり興じているゆえ、周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。
穏やかな昼下がり、所用があって再発CD同好の士である某の邸宅にお邪魔した。初めての訪問だが、信じられないほど広い和風の屋敷である。大きな玄関で声をかけるが誰も出てこない。しかし、遠くからはかすかに音楽が聴こえてくる。初CD化されたほっこり系AORの名盤、クレイグ・ランクの82年作『Just Like The Old Times』(Sefel/ヴィヴィド)だ。優しいヴォーカルと微風のように柔和なサウンドが、初夏の季節に合っている。
所在なく待っていると、取り次ぎらしい女性が不意に現れて「どうぞ」と低い声をかけてきた。十畳ほどの座敷に通される。ランクの歌声はやや近付いたが、しばらくしても主人は来ない。煙草を1本吸い終えると、音楽はフェルトのクリエイション時代の編集盤『Bubblegum Perfume』(Cherry Red/ディスクユニオン)に変わった。英国的な叙情を湛えたポップナンバーの数々が物憂くも儚い。まるで白昼夢のようでもある。
廊下の先に緑の映えた庭が見える。ふたたび煙草に火を点ける。女が去ってからだいぶ経つが、どれだけ待たせるのだろう。いつの間にか音楽もソフト・ロック〜アシッド・フォーク筋で秘かに知られるヘヴン&アースの73年作『Refuge』(Ovation/Big Pink)になっていた。どこか幻想味を帯びた女性デュオのコーラスが実に清楚で美しいが、妙に不安も駆り立てる。気付けば音楽以外は何の物音も聞こえない。
腕時計を見ると1時間も経っている。BGMはジェーン・ゲッツの73年作『No Ordinary Child』(RCA/ヴィヴィド)になって久しい。マリア・マルダーにも通じるノスタルジックな世界観とニック・デカロによるストリングスが魅力的だが、いまはとても集中できない。女も戻らないが、音楽が変わるのだから絶対に誰かいるのだ。7本目の煙草を揉み消すと、廊下に出て声をかけながら邸内を歩いた。人影はない。だが、襖の開いた和室を覗いてみたら、仏壇から線香の煙が漂っている。やはり人はいるのだ。
そうこうしているうちにまたも音楽が変わり、フリートウッド・マックの82年作『Mirage』(Warner Bros./ワーナー)になった。生産中止の日本盤がタワレコ限定で再プレスされたそうだが、それも納得できるポップな佳曲満載の、後期を代表する逸品だ。かなり近くから聴こえてくるので隣の襖をそっと開けてみると、大きなステレオがあり、プレイ中の表示が光っている。私は何か急に恐ろしい気分になった。いったい私はいつまで誰を待てば良いのだ……。