続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう
〈居酒屋れいら〉に久々にあの若者が入ってきて騒がしくなったので店を後にした。私は内山田百聞。売れない三文作家であ るが、道楽のリイシューCD収集にばかり興じているゆえ、周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。
今日購入した、UKニューウェイヴを代表するファクトリー・レーベルの2枚組コンピ『FAC Dance: Factory Records 12" Mixes & Rarities』(Strut/!K7/OCTAVE)を小脇に抱え、私はいささか浮かれていた。サーティン・レイシオにニュー・オーダーなどの12インチ・ミックスやレア音源を中心とした、クラブ視点からの編集が楽しい。〈部屋でひとり踊ろう〉などと考えつつニヤケ顔で歩いていると、駅前広場の片隅に奇妙な見世物小屋が掛かっているのに気付いた。ビロード色の天幕の上には〈魔法の王国〉という看板が掲げられている。普段なら訝るところだが、目当てのCDを入手して浮き足立っていたからか、私は誘われるように小屋へと入り込んだ。
驚くほど絢爛に装飾された内部に唖然としつつ席に着くと、なぜか隣の空席にCDが置かれている。REOスピードワゴンの『Hi Infidelity: Deluxe Edition』(Epic/ソニー)じゃないか。産業ロック史に残る80年発表の名作に、当時のレア音源が多数収録された2枚組仕様だ。意外と胸キュンな曲もあるので欲しいが、まさか置き引きをするわけにもいくまい。気もそぞろに舞台を見ると、豪奢な玉座に古代ローマ貴族めいた格好の美麗な青年が腰掛けている。
「見ましたか。私は人をCDに変化させることのできる魔術師なのです」。男は艶然とした表情で語りはじめた。「次はそちらの貴女」。すると彼に指差された女性が、驚くことに一瞬にして姿を消した。残された座席にはレフト・バンクの68年作『Too』(Smash/Sundazed)がぽつんとある。〈バロック・ポップ〉と称された、ストリングスなどで過剰なほど華麗にデコレートされたサウンドが美しいグループだ。ファースト・アルバム『Walk Away Renee, Pretty Ballerina』が有名だが、メロディーの良さではこちらの2作目も負けていない。
「ふふ、煌びやかなこの場に相応しいCDに変身してもらいました。さて、お次は……そこの紳士」。青年が軽く指を鳴らすと、長身の男が瞬く間にCDへと変化した。イエスのフォロワーとして名高いスターキャッスルの76年作『Starcastle』(Epic/エアー・メイル)だ。流麗でクラシカルなシンフォニック・サウンドが、US産とは思えないほどの浪漫性を帯びた佳品である。
若き魔術師は、さも満足そうに場内を見渡している。不意に彼の視線が私の目を捉えた。その刹那、私は脱兎の如く天幕を飛び出した。冗談ではない! 自分がいったいどれほど醜いCDに変えられてしまうのか、想像しただけでも恐ろしかった。