キリンジ『SONGBOOK』に耽る、いつもとひと味違う秋
秋ですから──とでも言わんばかりに読書に勤しんでいらっしゃる写真のお2人ですが、思えばキリンジの音楽も、人肌恋しい季節にはたまらなくテイスティーだったり。オリジナル・アルバムのほとんどがこの時期に発表されてきたこともあって、〈秋=キリンジ〉と記憶しているリスナーも少なくないかも知れません。そんなところで、2011年の秋に届けられたのは、セルフ・カヴァーと他のアーティストへの提供曲をパッケージした2枚組『SONGBOOK』。MY LITTLE LOVER“jelly fish”、土岐麻子“ロマンチック”、Keyco“ハルニレ”、bird“髪をほどいて”、畠山美由紀“若葉の頃や”、藤井隆“わたしの青い空”、南波志帆“お針子の唄”、鈴木亜美“それもきっとしあわせ”──作者が歌う前提で改めて制作されたセルフ・カヴァー曲を聴くと、さぞかし差し上げるのが惜しかったんじゃ?と思うぐらいの好曲ばかりで!
「なんかね、あげるのが惜しいなあって思ったら、その曲はひとつハードルを越えたことになるんですよね。惜しいからあげるのをやめて、似た曲をもう一曲作ろうかな?みたく思ったら曲は出来上がりっていう。で、実際に似た曲を作ろうとしてもできないんですよね。似たテイストのを作ろうって思った時点でショボいものしかできないなって思っちゃうから」(堀込泰行)。
というお話からも窺えるように、他人に提供するからといって熱量を割り引いて作ったものは一切ナシ。そして当然ながら、キリンジの楽曲ではできないようなチャレンジやらもひょっこり忍ばせていて。
「自分たち用に曲を書くときは、僕の場合だと、自分たちでやる美意識みたいなところから逃れられないんですね。メロディーのなかにも好みだとか好みじゃないっていうのがあって。で、好みではないけど歌モノのポップスとしてはアリだとか、良い悪いで言ったら良い部類に入るメロディーっていうものがあって、他人に提供する曲だと、そういったメロディーでも採用しやすいというか、結果的に歌謡曲的な良いものが作れるんですよ。なので、キリンジの音楽よりも間口の広いものができる傾向はありますね」(泰行)。
「基本的にやってることは変わらないと思うんですけど、やっぱりその、誰が歌うのかとか、先方からのリクエストだったりとか、ある程度の条件が決まってるっていうのがまず大きく違うわけですよね。まあ、キリンジだったら好き勝手作りますけど、歌手の人がどれぐらい歌えるのかとか、その人の音楽をふだん聴いてる人がどう思うのかとか、そういうことも考えながら作るので、比較的親切に作ってるかもしれないですね。多少難しいメロディーでも泰行だったらなんとか歌ってくれるし、コードに対してこういうメロディーがあって、この和声だからこのメロディーが入るんだってことも自分たちでやってたら確認する必要がないんですけど、その意図が上手く伝えられなかったりすると、言葉の乗せ方によって音符が増えてたりとかするので、なるべくそういうことが起きないように、比較的覚えやすいようにしてるところはありますね」(堀込高樹)。
提供先は近からず遠からずなアーティストでありながらも、その顔ぶれはやはり多彩。いわゆる〈キリンジのルール〉を越えたところでの制作作業は、キリンジ自身の作品作りにもフィードバックされているところがあるのでしょうか?
「あるんじゃないですかね。藤井隆さんに“わたしの青い空”という曲を書いた時、最初にカイリー・ミノーグみたいな曲を書いてくれますかって言われて、もちろんカイリーの曲は聴いてたけど、自分はそういうサウンド・アプローチをしようとは思わないわけですよ。リスナーとしてはテクノっぽいものとかも聴いてたりはするんですけど、キリンジとしてはどうかな?って。でも、その曲を書いたことで、『DODECAGON』(2006年)みたいなアプローチもできそうだなって。これはまあ、今回のタイミングで振り返って気付いたことなんですけど。あと、単純に励みになりますね。誉められると次もやったるぜ!みたいな気分になるから、それはイイですよ(笑)」(高樹)
「客観的に眺めるっていう点では良い作業だったかなあと。“ハルニレ”とかわかりやすいアレンジ……とはいってもソウルっぽかったりカントリーっぽかったりっていうおもしろいところに落ち着いてはいるんですけど、わりとこう、ベタな感じというか、大味なものの良さっていうものを見直すきっかけにはなりましたね。キリンジにも〈キタキタ!感〉があってもいいのかなって」(泰行)。
▼セルフ・カヴァーされた楽曲の収録作品を紹介。
左から、MY LITTLE LOVERの2008年作『jelly fish』(avex trax)、土岐麻子の2005年作『Debut』(LD&K)、Keycoのベスト盤『Keyco 1999-2007 〜Best Songs+Collaboration Works〜』(nos)、birdの2004年作『vacation』(ソニー)、畠山美由紀の2006年作『リフレクション』(rhythm zone)、藤井隆の2004年作『オール バイ マイセルフ』(R and C)、南波志帆の2010年作『ごめんね、私。』(ポニーキャニオン)、鈴木亜美の2007年作『CONNETTA』(avex trax)