TESTAMENT4月新譜・クレンペラー5タイトル、バックハウス、カーゾン、スヴェトラーノフ
掲載: 2013年01月16日 13:48
更新: 2013年01月25日 16:41

これまで数多くの名演を発掘してきたTESTAMENTレーベルがまたやってくれました!4月新譜に列挙された音源はいずれも未発表でヒストリカル・ファンなら確実に食指が動く事間違い無しですが、その内容がこれまた凄い。今月のメインに据えられたのがクレンペラー5タイトル。1965~68年の指揮者最晩年のライヴ音源がこれだけまとまった形で発売されるのは極めて稀。ファンなら必携のアイテム登場です。他にもバックハウス黄金期の1960年ライブ、カーゾンの十八番モーツァルトのピアコン27番とシューベルト、そして圧倒的な迫力が楽しいスヴェトラーノフのハイドンの「軍隊」&チャイコ「マンフレッド」と豪華すぎるラインナップです。
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多岐に渡るユニークな活動で知られたヴィクター・ゴランツ。レフトハンドクラブの創始者であり、創立した出版社は左派の著作物専門の出版社であったため、少々過激なイメージを持っている方もいらっしゃるかも知れませんが、ゴランツの活動は常に人権擁護を提唱した人道主義的なものでした。ナチスの犠牲となったユダヤ人救済だけではなく、ドイツの戦後の復興にも尽力し、彼が博愛主義者と呼ばれる所以を今に伝えています。
こうした政治的活動で名を馳せたゴランツですが、熱心な音楽愛好家としても知られ、音楽に関連した著作もあります。彼の著作で展開される洞察力は音楽評論の専門家にもまったく引けをとりません。このように音楽に深い造詣のあったゴランツはクレンペラーを高く評価しており、1957年のベートーヴェン・チクルス以降のコンサートにはすべて足を運びました。ゴランツの理想的な演奏は「正確なリズム、繊細なフレージング、主旋律の理解」というシンプルで本質的なものでしたが、それらすべてがクレンペラーの美質そのものとも言えます。そして何より二人が共感した点は「誇張を嫌う潔癖さ」でした。理想すべてを実現したクレンペラーをゴランツは「当代一のベートーヴェン指揮者」だと述べています。
ゴランツはフィルハーモニア管創立の際、一切のためらいもなく生涯に渡って援助すると約束し、これを実行しました。クレンペラーのみならず、オケの団員や関係者、そして聴衆ひとりひとりがゴランツへの感謝の念を強く抱いていました。そうした会場で、クレンペラーは‘いつも通り’一切の誇張もないストイックな演奏を繰り広げています。この演奏により、会場全体が静かな、そして強い感動に包まれて行く様が感じられます。
【曲目】
1. モーツァルト: 《フリーメーソンのための葬送音楽》 K.477
2. シューベルト: 交響曲第8番 ロ短調 D.759 《未完成》
3. ベルリオーズ: 《ロメオとジュリエット》 Op.17~「愛の情景」
4. ベートーヴェン: 交響曲第1番 ハ長調 Op.21
【演奏】
オットー・クレンペラー(指揮)
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
【録音】
1968年2月、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール(ライヴ)
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指揮者の目利きとして知られたウィーン・フィルのファゴット奏者、フーゴ・ブルクハウザーは「フルトヴェングラーでもワルターでもなく、クレンペラーこそが当代一のブルックナー指揮者である。」と断言しています。同じくブルックナー指揮者として名高いギュンター・ヴァントが「最も複雑」と言った第5番の交響曲ですが、その複雑さゆえ、クレンペラーの‘構築力’が遺憾なく発揮されます。そのため、彼の人生の要所でこの作品は登場し、その後のキャリアや運命にすら影響を与えてきました。
最初のエピソードは、ベルリン国立管就任時のことです。就任コンサートで5番を取り上げようとした際、ベルリン・フィルでも同曲のコンサートを予定しており、フルトヴェングラーが直々に曲目の変更を申し入れてきました。ところがクレンペラーはこの申し入れを無視、コンサートを実施します。この演奏の出来があまりによかったため、クレンペラーへの評がフルトヴェングラーのものを凌駕してしまい、結局は、ベルリン・フィル側が曲目を変更する事態となったのです。この事件の後も、同曲でドイツを席捲することとなりますが、皮肉なことに、そのあまりに熱烈な賛辞がナチスに注目されるきっかけともなったのです。そして、遂にドイツを離れる決心をしたクレンペラー。アメリカへ渡る前にウィーン・フィルでデビュー・コンサートを行いました。この時は8番を予定していたのですが、やはり別のオケの計画と重なってしまい、5番への曲目変更を余儀なくされます。この時、5番のスコアが間に合わず、クレンペラーはスコア無しでリハーサルを決行。これに感動したウィーン・フィルは、コンサート当日、実力以上のものを発揮し、この演奏も大絶賛されました。その後、アメリカとイギリスでは、作品自体が受け入れられない苦労も経験しますが、今でもクレンペラーを「20世紀の偉大な指揮者」とし多くの人が敬愛してやまないのは、ブルックナーの交響曲第5番という作品があったからこそと言って過言ではありません。
驚くべきことに、この盤に収録されたコンサートの1週間前に収録された録音への評は、30年前にベルリンで得た評と同じ論調のものでした。どちらも、「構築力」や「論
理的一貫性」の素晴らしさが注目されています。カップリングは、こちらも大のお気に
入りだった《未完成》交響曲。木管の絶妙なバランスが光ります。
【曲目】
1. ブルックナー: 交響曲第5番
2. シューベルト: 交響曲第8番 ロ短調 D.759 《未完成》
【演奏】
オットー・クレンペラー(指揮)
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
【録音】
1967年ロイヤル・フェスティヴァル・ホール(ライヴ)
誰ひとりブルックナーを評価していない時代から果敢にプログラムに取り入れ続けた第7番。「表現が堅すぎる」と批評を受けたモーツァルトの40番。長い苦難を乗り越え、遂に果たしたロンドンでの凱旋コンサート!
ここに収録されている交響曲は、どちらもクレンペラーが生涯愛し続けた作品です。しかしながら、クレンペラーがこれらの作品の演奏において称賛を得るに至るまでには、長い苦難の歴史があります。
クレンペラーが最初に演奏したモーツァルトの交響曲も第40番でした。この作品の本質は巧妙で重厚な構造にありますが、これらを深く理解し表現を試みたクレンペラーの解釈は「堅すぎる。教科書的。」といった非難を受けます。モーツァルトの他のオペラの解釈でもロンドンの評論家とは対立関係にありました。これらの論争のずっと後に起こったオリジナル楽器によるモーツァルト演奏を知っている現代のリスナーにしてみれば、この頃の評論家の論旨は古すぎて理解しがたいかも知れません。逆に言えば、クレンペラーの思考がいかに先進的であったかの証明ともとれます。
同じことがブルックナーにも言えます。モーツァルト以上に難しかったのは、当時ブルックナーの作曲家としての評価が著しく低く、特にマイナーだった第7番をコンサートに取り入れるのは自殺行為とも言える風潮があったからです。それでもクレンペラーは各地でこの作品を取り上げ続け、ニューヨークでは「ブルックナーで称賛を得た最初の指揮者」と言われました。
どちらの作品も聴衆や評論家に理解されるまで茨の道を進んできましたが、60年代に近づ
く中で、クレンペラーはやっとこれらの作品の演奏で名声を得るところにまで到達したのです。
この2曲によるコンサートは、クレンペラーにとってまさに‘凱旋公演’であったに違いありません。
【曲目】
1. モーツァルト: 交響曲第40番 ト短調 K.550
2. ブルックナー: 交響曲第7番
【演奏】
オットー・クレンペラー(指揮)
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
【録音】
1965年11月、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール(ライヴ)
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80歳を越えたクレンペラーの‘若々しく’活動的な時期を捕えた貴重なドキュメント。それまでの価値観を‘完全否定’し全く新しい解釈を提示したモーツァルトとシューマン!!
生涯、健康上に問題を抱えたクレンペラー。その彼が80歳を越えていた68年には、非常に活動的な充実した時期を送っています。その様子は「若々しい」と表現するしかないほどです。演奏・録音にとどまらず、若いアーティストの育成や自らの創作活動にまで至っています。
シューマンにおいてはヘイワースの「クレンペラーとの対話」の中でも証言されているように、クレンペラーはいくつかの“補筆”を行っています。これはシューマンだけでなく、ブラームス以外のドイツ系レパートリー全般に言えることで「マーラーのようにはいかないが、誰かが補完しなければならない作品もある。」と述べています。創作意欲が高まっていたこの時期にシューマン、しかも4曲の中で‘シンデレラ’と呼ばれたりもする第2番を取り上げた意図が浮かびあがってきます。実際、この試みは大成功を収め、聴衆も評論家も評価の低かった第2番を感謝と感動を込めて受け入れました。最初「クレンペラーのような厳格な分析気質がロマン派の音楽と嬉々として共存していること自体驚きだ」とされた評を「天才がやってきた!4 つの楽章のすべての欠点が最高の美の瞬間に昇華してしまった!」と劇的に変化させてしまったほどです。
モーツァルトでも同様のパラダイム・シフトが呼び起こされました。「可愛らしい音楽」とのイメージがある第38番を交響曲として厳格に演奏することによって今までの解釈の‘完全否定’であると評したレビューもあったほどです。この解釈は、70年代後半に大流行するオリジナル楽器による演奏すら予感させるものでした。
年齢、健康問題、今まで築いてきた地位。そうしたもの一切を顧みない‘攻め’の姿勢が、
どの作品の演奏にも貫かれています。
【曲目】
1. ラモー: ガヴォットと6つの変奏曲(オーケストラ編曲;クレンペラー)
2. モーツァルト: 交響曲第38番 二長調 K.504 《プラハ》
3. シューマン: 交響曲第2番 ハ長調 Op.61
【演奏】
オットー・クレンペラー(指揮)
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
【録音】
1968年10月、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール(ライヴ)
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ふたつの全く異なった個性が融合したベートーヴェン。極上の辛口ワインのような《フィガロ》序曲と後に訪れるオリジナル楽器ブームまで予感させる幻想とのカップリング。ジャケットも秀逸!!
クレンペラーもメニューインもあまり「イギリスを代表するベートーヴェン・アーティスト」というイメージはないかも知れませんが、二人とも当時イギリスに本拠地を置いていました。にも関わらず、二人の共演の回数は非常に少なく、この盤に収録されたコンサート以前では、1938年のロサンジェルスでのシューマンにまで遡ります。それはどちらのアーティストも強烈な個性を持っていた証明かも知れません。この個性がぶつかりあうコンサートは開催以前からロンドン中に注目されました。異例ながら、有力新聞はこぞって事前評を掲載し演奏を予想しました。ある意味波乱を期待した聴衆も多かったと思われますが、実際の演奏はこうした期待を見事に裏切り、特に緩徐楽章におけるこの世のものとも思えぬ美しさが際立っています。この天上の音楽を造り出した二人の巨匠が、リハーサルで交わした会話を想像するだけで、たとえようもない静かな興奮を感じさせてくれます。そしてまた、ジャケットに使用された写真がこの想像力を掻き立てる一因ともなります。
このエキサイティングな共演を含んだコンサートはモーツァルトの《フィガロの結婚》序曲で幕を開けました。この作品の演奏を音楽評論家カーダスは「シャンパンというよりは極上の辛口ワイン」と評しています。期待に満ちた聴衆は最初から本格的な歓迎を受けたと感じたに違いありません。そしてもうひとつのメイン・ディッシュが幻想交響曲。クレンペラーはこの作品を非常に高く評価していましたが、演奏回数は驚くほど少ないものです。色彩感豊かな管弦楽法で知られるベルリオーズですが、クレンペラーはこの作曲家を確固たる‘交響曲作曲家’としてとらえたアプローチを展開しています。その解釈は、この時代のずっと後に出現する‘古楽器ブーム’すら予言するもので、時に故意的に荒々しい金管や金切り声のような
木管の音色が効果的に採用されています。
【曲目】
1. モーツァルト: 歌劇《フィガロの結婚》序曲
2. ベートーヴェン: ヴァイオリン協奏曲 二長調 Op.61
3. ベルリオーズ: 幻想交響曲 Op.14
【演奏】
オットー・クレンペラー(指揮)
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
ユーディ・メニューイン(Vn)(2)
【録音】
1966年1月、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール(ライヴ)
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終演後、マエストロが着替え終わっても尚止まなかったスタンディング・オベーション。「ベルリンの壁」が崩壊したまさにその年に起きた東西融合の奇跡!!
エフゲニー・スヴェトラーノフはソ連が生んだ最高の指揮者であるということは間違いありません。手兵ソヴィエト国立響と西側諸国へのツアーを行ったり、西側のオーケストラとの共演経験もあるスヴェトラーノフですが、世界最高のオケであるベルリン・フィルとの共演はたったの1回しか叶いませんでした。しかもその年が、「ベルリンの壁」崩壊の年だったのには、神の見えざる手を感じさせます。そういう意味でも、このCDはこの奇跡の共演を捕えたこの上なく貴重な録音なのです。
ベルリン・フィルからの招聘がない限りは他のドイツ・オケとは共演しないと心に決めていたスヴェトラーノフ。そのため名だたるオケからの招待も拒み続けていました。そこに届いたベルリン・フィルからの招待状。しかも通常演奏を依頼されるチャイコフスキーの後期交響曲ではなく、《マンフレッド》が演奏できるとあって、喜びは一入であったそうです。作曲した本人、チャイコフスキーですら評価を定めることができなかった《マンフレッド》交響曲。多くの指揮者がこの作品を避けて通るのは、聴衆に伝えることが非常に難しい作品であるからと言えます。スヴェトラーノフはスコアに大胆な変更とカットを加えることによって、この交響曲が後期交響曲に比肩する傑作であることを証明してみせました※。(詳細はライナーノーツに記載されています。)しかしながら、聴衆を真に圧倒したのは、当日の鬼気迫るすさまじい演奏でした。‘狂おしい苦痛’がベルリン・フィルの最大能力で表現された第1楽章。逆に、聴こえないほどの静かな音に魂を込めた第2楽章。ベルリオーズを彷彿とさせる第3楽章。そして、ベルリン・フィルのフル・パワーが描き出す‘狂乱の宴’の第4楽章。これに触発された客席ではスタンディング・オベーションが果てしなく続き、マエストロが着替えも終えまさにホール
から去ろうとした際にもまだ鳴りやまなかったのです。
夢にまで見たベルリン・フィルとの共演がこれほどの熱烈な反応を呼び、人生の中でも最高
に幸せな瞬間だったに違いありません。スヴェトラーノフは客席に向かって「生涯、今晩のこ
とは忘れません。」と語りかけました。この忘れられない夜の演奏が、今ここに蘇ります!こ
の演奏を聴ける我々もまた、当時のマエストロと同じくらい幸せなのかも知れません。
※スヴェトラーノフはマンフレッド交響曲において、この作品の回帰性を強調するため、
意図的に作曲家の書き残したとおりには演奏しませんでした。最終楽章、141小節か
ら257小節を大胆にカット、393小節以降はAndante con duoloに行かず、第1楽
章の289小節へと続け、悲壮かつ暴力的な終局のパッセージをもって締めくくるよう
変更しました。これまでにない解釈の≪マンフレッド交響曲≫となっているのです。
【曲目】
1. ベートーヴェン: 序曲《レオノーレ》第3番 Op.72b
2. ハイドン: 交響曲第100番 ト長調 Hob.I: 100 《軍隊》
3. チャイコフスキー: 《マンフレッド》交響曲 Op.58
【演奏】
エフゲニ・スヴェトラーノフ(指揮)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
【録音】
1989年3月、ベルリン・フィルハーモニー(ライヴ)
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完璧主義者カーゾンの真の力量が示されるシューベルト。絶賛されたエディンバラでのBPOとの共演直後のもうひとつの名演、LSOとのモーツァルト。
すべての作品において完璧を求めたカーゾンですが、この盤に収録されたシューベルトはまさにその言葉の具現と言ってよい演奏です。一音一音の音色から曲全体の解釈まで、すべてが潔癖なまでにコントロールされており、人間の能力の限界を超えた領域の音楽とさえ言えます。この演奏に圧倒された客席は、あまりの感動に曲間の拍手を禁じ得なかった様子まで収録されています。カーゾンは、この並外れた能力を獲たのは、彼の師であるアルトゥール・シュナーベルによるところが大きかったと述懐しています。彼らが目指したのは、単なる美しい音楽ではなく、左右の手、各パート、そして各声部のバランスであったことが、第1番の演奏からは感じられます。
モーツァルトの協奏曲に関しては、このボールトとのコンサートの数日前に、同曲をエディンバラで演奏しています。この時のバックはホーレンシュタイン指揮のBPOで、時の最高権威カーダスが「言葉を失った」と告白したほどの名演でした。しかしながら、カーゾンをサポートするという意味で、弦と木管の構築が緻密なボールト指揮のLSOに軍配が上がったというのが、ふたつのコンサートが終わった後の論調でした。つまり、ふたつの世紀の名演がほんの数日のうちに聴かれたという奇跡が起こったのです。
驚くべきヴィルトゥオジティを持った新しいピアニストが次々に台頭してくる現代においても、カーゾンの唯一無二の存在感は全く薄れません。カーゾンが当代最高峰のピアニストであることを再認識させてくれる一枚です。
【曲目】
1. モーツァルト: ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595
2. シューベルト: 4つの即興曲 D.899
3. シューベルト: 《楽興の時》 第3番 ヘ短調 D.780
【演奏】
クリフォード・カーゾン(P)
サー・エイドリアン・ボールト(指揮)(1)
ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団(1)
【録音】
1961年9月、ロイヤル・アルバートホール&エディンバラ、アッシャーホール(ライヴ)
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モノラルとステレオ、ベートーヴェン・ソナタ全集において2つの金字塔を打ち立てたバックハウスの初出音源!ベートーヴェンとの‘対話’から生まれた、斬新ながら普遍性を持った究極の演奏。
ヴィルヘルム・バックハウスが残したモノラルとステレオのふたつのベートーヴェン・ソナタ全集は、後続のピアニストやピアノ学習者の誰もが耳にし学ぶ、いわば「バイブル」として知られています。そんな偉業を成したバックハウスですが、実は、ほとんど公式な教育を受けたことがないピアニストでもあります。つまり、近代のベートーヴェン演奏のすべては、バックハウスから派生したとも言えるのです。
謙遜も含めバックハウスは「私は‘伝統’というものを知らない。」と述べています。彼は感じたままにベートーヴェンを演奏している、と言っています。それは因習に囚われず、そしてベートーヴェンの言葉ではなく人物そのものから受けるインスピレーションを大切にしているということでもありました。バックハウスは常に「ベートーヴェンが現代に蘇ったとしたら?」ということを考えていました。だからこそ彼の演奏は、ベートーヴェン音楽の真髄を伝えながらも、現代の人類の叡智を最大に活かしたものでもあったのです。
ベートーヴェンの最後の偉大なるソナタ第32番の第2楽章は、通常演奏時間が15分ほどかかるところを(ケンプは15分半)13分で弾かれています。これにより、この楽章でのテンポが一定に保たれ、後ろのヴァリエーションでテンポをあげる必要をなくしています。今でこそ、バックハウスに影響を受けたピアニストが同様の手法をとることもありますが、当時の聴衆にはどれほど刷新的な演奏と映ったでしょうか?そしてそこに、ベートーヴェンがいたら、なんと言ったでしょうか?
録音として残っているものが少ないモーツァルトのソナタも2曲収録。現代においてもまったく色褪せない、若さと円熟の両方を併せ持つバックハウスのピアニズムを聴く
ことができます。
【曲目】
1. モーツァルト: ピアノ・ソナタ第10番 ハ長調 K.330
2. モーツァルト: ピアノ・ソナタ第12番 ヘ長調 K.332
3. ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第26番 変ホ長調 Op.81a 《告別》
4. ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調 Op.27-2 《月光》
5. ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 Op.111
【演奏】
ヴィルヘルム・バックハウス(P)
【録音】
1960年4月、BBC放送用録音(3-5)
1961年11月、BBCリサイタル(1-2)
カテゴリ : ニューリリース