「徹子の部屋」50周年で話題の黒柳徹子のすごさ、ベストセラー作家にユニセフ親善大使、司会のギネス記録保持者……
今年の2月2日で放送50周年を迎えた「徹子の部屋」。同番組の顔としておなじみの黒柳徹子だが、「徹子の部屋」以外にも多くの実績を残してきたことをご存じだろうか。今回は、戦後まもなくから現在まで活躍を続ける彼女の足跡について紹介しよう。
●華やかな実績の数々で彩られた人生
まずは、代表作の「徹子の部屋」から。同番組の初回放送は1976年で、以来約半世紀にわたりのべ12000人以上ものゲストを迎えてトークを繰り広げてきた。同一の司会者による番組の最多放送回数として、2011年の時点で8961回のギネス世界記録を獲得。2023年には1万2100回を数え、今なお記録を更新し続けている。
若い世代にとって、黒柳徹子に対しては「徹子の部屋」以外のイメージがあまりないかもしれない。しかし黒柳のすごさは、まずそのキャリアの長さにあるといえるだろう。何と、黒柳は日本でテレビの放送が開始された初日からテレビに出演しており、日本のテレビ女優第1号としても知られている。
MCとしての活躍ぶりも華々しい。「徹子の部屋」のギネス認定については先に触れたが、紅白歌合戦の司会も複数回務めている。1958年に最年少の司会として抜擢された当時は、複数の歌手が別仕事で時間通りに会場入りできず、黒柳がトークで場をつなぐなどアドリブ力を試されるシーンも多かったという。以降、1980~83年と4年連続して担当し、さらに2015年にも32年ぶりに総合司会を務めあげた。
また、戦後最大のベストセラーとも言われる「窓ぎわのトットちゃん」の著者としても名高い。国内で800万部、全世界で2500万部を超えて発刊された作品は、黒柳の半自伝的な物語。幼いころの思い出から、続編ではNHKの女優としてデビューしニューヨークに留学するまでの半生が描かれており、黒柳がユニセフ親善大使に任命されるきっかけともなった。
気取ったところのない、読みやすい文章で綴られたエピソードの数々は、時に切なさを感じさせながらも全編あたたかいまなざしに満ちている。「普通」から少々はみ出した少女「トットちゃん」が、出会った友人や周囲の大人たちと心通わせていく様子は、それぞれの個性を尊重することの手本にもなりえるだろう。
作中では戦争という暗い時代が描かれているが、それでも主人公たちは光を失わなかった。国内外問わず、老若男女さまざまな読者から感想の手紙が寄せられたというのも納得がいく力強い作品だ。「徹子の部屋」が50周年という節目を迎えたこのタイミングで、ぜひ一度手に取ってみてほしい。
「窓ぎわのトットちゃん」映像作品
「トットチャンネル」映像作品
タグ : レビュー・コラム
掲載: 2025年03月18日 21:55