FRISCO
掲載: 2002年10月10日 13:00
更新: 2003年02月13日 10:51
サンプリング主体から生楽器主体のアンサンブルへ――より味の増した新作『smokey branch』

フリスコの進境が著しい。淡々としていながら破壊力溢れるサウンド・プロダクション。そのセンスは前作『mano a mano』でも高い評価を得ていたが、セカンド・アルバム『smokey branch』はそのダブ処理のキレ味の鋭さに加え、のどかで、かつピリッとした空気感の演出が冴えわたっている。というのもサンプリング主体の前作から、生楽器主体のアンサンブルへと体制が変わったのだという。
「サンプリングだけだと箱庭的になってしまうのが、今回は幅が拡がりましたよね。それは大きかったと思います」(コージ、サックス/パーカッション)。
トゥワンギーなギター、もうもうと立ち込めるエフェクト、さまざまな音色が歪みをたたえながら舞っている。コモンビルの玉川裕高を迎えた“穴の太陽”ではカントリー・タッチでもって彼のヴォーカリストとしての旨みをたっぷり味わえるし、ハウスのリズムを大胆に導入した“Mexica”はフリスコの新たな地平を見せてくれる。
「サンプリング・ミュージックの破綻のなさという魅力を残しつつ、人間味とか味とか、そういう引っかかりに惹かれる」(モリシタ、ギター/メロディカ)。
「サンプラーって〈グッとくるポイント〉をピックアップしてあげる機械だと思うんですけど、いまのバンドの状態だと、それが誰から出てくるのか、というおもしろさがある」(コージ)。
その〈グッとくるポイント〉について「嘘がないところ」だと強調する彼らにとっては、テクノの無記名性と、演奏者の人柄と空気感をも含めた〈記録する〉という行為は両立する。イマジネーション豊かなタイトル・ネーミングに対する意識も幅をもたせている。
「文字情報から直感で感じとるところって、誰しも違うじゃないですか。それをこちらなりに誘導するというか」(コージ)。
「イメージを拡散させて、それぞれが強いものを感じてもらう。すごいフリスコ的な考えだと思う」(モリシタ)。
〈~のジャンルを通過した〉という表現は、フリスコにはそぐわないと思う。確かにこのやわらかでピースフルな音像には、いろいろな音楽との共通項を感じることができる。しかし単に浸透させるのではなく、聴く者にしっかりとした傷を残すだけの音楽に対する意志、フリスコの音にはそれがごつごつと突き出しているのだと。
「ザ・バンドを形容するときに〈どこにもいない、空中にぽっかり浮かんだ音楽〉っていうじゃないですか。そういういう音楽をやりたいんです」(モリシタ)。


