yoga'n'ants
仏人女性ヴォーカリストを迎えて描き出す、エレガントで不穏な室内楽
ネオアコ経由のパンク魂を刻み付けた数々のシングルを90年代に投下し、国内外の多くのリスナーのハートに、がっちり爪痕を残したバンド、Citrus。その中心人物であった江森丈晃と、サウンド・エンジニアの渡辺正人によるユニットが、yoga'n'ants(ヨーガンアンツ)だ。これまでにもカヒミ・カリィやMIYAKO KOBAYASHIのリミックスなどを別名義で手がけ、そちらではダンス・ミュージック的なアプローチも見せてきた彼ら。しかし、この度リリースされた初フル・アルバム『Bethlehem, We are on our own』で聴くことができるのは、フランス人ヴォーカリスト=スブリームを全編に渡ってフィーチャーした、言うなれば〈広義のジャズ〉である。ブリティッシュ・フォークやカンタベリー・ロック、レコメン系アヴァン・ポップ辺りを串刺しにする室内楽的アンサンブルと、緻密に構築されたメロディ/ハーモニーの妙味。エレガンスを極めた筆致で、こぼしかけたため息を飲み込んでしまうほどの美しい風景が描かれている。
「アルバム制作に時間がかかることは最初からわかっていたので、流行のサイクルが早いダンス・ミュージックは難しいな、と。そこで浮かび上がってきたのが、自分が常に好きだったジャズやカンタベリー・ロック、あるいは北米のシンガー・ソングライターものやアシッド・フォークなどでした。そういう質感や幽玄さを追求していったら、こうなったんです。新譜なのか再発なのか、国籍すらもわからない音楽になったと思うし、それは意図したところ。〈実は73年に録られた音源を今の機材でミックスした作品なんだけど、当時演奏していたオリジナル・メンバーは、全員がツアー中のバス事故で即死してる〉とか(笑)、とことん現実感の希薄なものにしたかった」(江森丈晃/以下同)。
そう語られる本作には、戦前の録音物にも、ジャストな新譜にも聴こえてしまう不思議な質感があるし、そこから浮かび上がるクエスチョン・マークは、アルバムのあちこちにも見出せる。穏やかなサウンド・スケープに奇妙な音響が流れ込み、ドリーミーなメロディはセオリーを逸脱しながら不安定に結ばれる。そうした不穏な瞬間が、どこまでが意図的なのかわからないまま、絶妙なさじ加減で飛び込んでくるのだ。
「ぼくと渡辺君はまるで正反対の人間。音楽の趣味も違う。でも、そのふたりのせめぎ合いというのも重要で、だからこそ多面的なものが生まれたんじゃないかとも思います。あと、ぼくは〈謎かけ〉の多い音楽が好きなんです。例えば、“Pas touche!”のような、一般的なポップスの構成のあるメロディアスな曲を増やすこともできたけど、アルバムとして考えた時、そんな曲ばかりだと息苦しい気がして、もっと未完成で危うい感じの曲を優先した。聴く人がそれぞれの解釈を乗せられる空白の部分を残しておきたくて……」。
ソング・ライティングに心血を注ぎながらも、〈いかにも〉なメロディやコードは避け、未知のラインを探っていく。yoga'n'antsのバランス感覚はやはり独特だ。
「心血を注ぐというか、自分にはメロディとコードのふたつが突出して大切なだけなんです。ぼくは楽器が巧いわけでもないし、酷い音痴だし、アレンジはしますけど、弦の譜面が書けるわけではないですから。作曲というのは、〈ベタだけど気持ちいいからOK〉みたいな罠にハマらずに生き残ったメロディを捕まえることだと思っているし、そうやって生まれた曲は長く聴けるんです。そのぶん自分のなかで〈ポップ過ぎてやめた〉っていう曲も多いから、楽曲提供の仕事が来ないかな、と思ってるんですけど(笑)」。
「新しいもの=聴いたことのないものこそが、いい音楽」だと江森氏は言い切る。普遍的な美しさを紡ぎながらも、yoga'n'antsが本作で強く提示しているのは、まさにその〈新しさ〉なのかもしれない。
「やっぱり〈なんだこれ?〉って部分が、だんだん耳に馴染んできて、感動に変わる瞬間にこそマジックがあると思うんです。でも、いま主流とされている音楽って、あらかじめジャンルや構造が聴き手に見えていて、その中で優劣を競っている感じがするし、そんなものは作りたくなかった。もちろん僕らの音も、すごく今日的な編集を重ねてはいるんですけど、それは〈マジックが宿るのを時間をかけて待っていた〉ということなんです。大きな交差点に立って、大事故が起こるのを期待する報道カメラマンのような気持ち(笑)。まさにそんな作業でしたね」。
yoga'n'ants『Bethlehem, We are on our own』
1. Pickering 625DJ, Organdy
2. a Lausanne(試聴する♪)
3. Tissus dans le vent
4. Bagatelle no.5 opus 126
5. Pas touche!(試聴する♪)
6. Les marimbas(試聴する♪)
7. Calin calin
8. Haut la-haut
9. Purple Stratospheres
10. L'encehale qui danse(試聴する♪)
11. Quelle ville en somme
12. Une comptine
13. Descendez de la
14. MEDLEY : It Never Entered My Mind/Last Train Home
15. Metier [Demo Version]