Discharming Man
USハードコア・バンド、ディスチャージとスミスの名曲“This Charming Man”をプロジェクト名の語源に持つDischarming Manこと、元キウイロールの蛯名啓太。札幌を活動拠点としながらも、茫然自失に陥ること必至の壮絶なライヴ・パフォーマンスで知名度を上げてきた彼が、いよいよ全国デビュー・アルバムを発表する。吉村秀樹(bloodthirsty butchers)の参加によってさらなる生々しさを得た無垢な歌声がいま、力強い櫂を得て世の中という大海原へと船出する。
――2006年に『Discharming Man』を発表されてますが、今回の作品は、全国デビュー盤という位置付けになるんでしょうか?
蛯名啓太(以下、蛯名) そうですね。これまでは自分の5Bレコーズでリリースして、いろいろ工面してツアー回ったりとか、CDをお店から回収したりとかやってましたけど、少数の人たちにしか届いてないなと思ってて。今回は、やっとたくさんの人に届けられるようなシチュエーションが出来たなっていう感じはするんで、やっぱデビューじゃないですかね? 俺、何やるにも時間かかるんで。すげえ失敗したりとかしてやっとわかるから。ホントはセカンド・アルバムなんだけど、自分でもファースト・アルバムって間違って言っちゃうぐらいだし(笑)。
――“因果結合666”や“逃避行”などをはじめ、既発の曲も多く収録されてますが、すべてアレンジも変わっていて。
蛯名 そうですね。ライヴでは吉村さんにギター弾いてもらってて、そのライヴでやってる曲をそのまんま入れちゃいましたっていうアルバムなんで、ライヴ盤みたいなとこもあって。だから必然的にアレンジも変わってきちゃうし、よりでっかくなって帰ってきた感じはするんですよね。
――では、一発録りなんですか?
蛯名 基本は全部一発録りです。あ、歌は一応、あとから入れましたけど(笑)。それが本来のコンセプトっていうのがあったんで。吉村さんが、俺の知らないところで「あいつらはライヴがいいんだよ」って言ってくれてて、それは嬉しかったんだけど、俺の変な解釈としては、裏を返すと「スタジオ盤がもうちょいなんだよなー」っていうカッコ書きが出てくるんですよね。だけど、「じゃあライヴいいんだったら、そのまま入れちゃえばいいじゃん」みたいな気持もあって。あと、(本作のリリース元の)Trafficの社長さんが、「いまのライヴの感じがいいんで、それをそのままパッケージングしたいんですよね」って言ってくれて、俺の意向とも合致したから、そのまま出そうかな、っていう。何にも作為的なところがない、ストレートなアルバムですね。それはたぶん、聴いてる人にも伝わると思います。
――前作はわりとエレクトロニカ色も強かったと思うんですが、あの作品では電子音が担っていた浮遊感がギターのディレイに変換されてたりとか、個人的には、本作が前作とはまったく違ったサウンドに移行したという印象ではないんですよね。
蛯名 ああ、一番嬉しい解釈ですね。
――同じ世界観を、別ヴァージョンで表現したんだなと。いまのお話だと、ライヴ・アレンジだからっていうことですが。
蛯名 そうなんですよね。前は手法にこだわっていた部分があって、いまでも多少あるんですけど、でも手法じゃなくて、まず曲がどうなんだっていうところが重要で、曲をいい形で出せればそれでいいんじゃねえの?ってあるときから思い始めて。そういう変なこだわりを、吉村さんがぶっ壊してくれたところがあるんですよね。俺のやりたいことをわかってるから、何も言わないけど、演奏で教えてくれるっちゅうか。でも、大事なところは守ってくれるんですよね。そういうギターですよね、吉村さんは。
――その、吉村さんが取り払ってくれた〈変なこだわり〉というのは?
蛯名 キウイのときはギター、ベース、ドラムって編成で、すげえ爆音でやってたんですよね。bloodthirsty butchersとかeastern youth、COWPERS、NAHTとか、やっぱり北海道の諸先輩に影響受けてるから、その流れでずっとライヴとかをやってたんですけど、混沌としたなかで歌うことがつらくなってきた時期があって。もっと歌いやすい環境で歌いたいなって思ったときに、俺のなかでエレキギターが要らなくなってきたんですよね。エレキとかじゃなくて、もっと普通にピアノとか、隙間がある場所で俺が歌う――俺の歌で埋めたいなって思ったんです。で、俺はそういうのをキウイと並行してやるとか全然できないぐらいダメな人なんで(笑)、「じゃあどっち辞める?」っていう選択でキウイを辞めて、いまに至るんですけど。
――バンド・サウンドから一度離れたくなった?
蛯名 うん。雑味っていうか、ノイジーな部分がすごいいやだった時期があって。もっとパキッとした、(音が)ちゃんと分離した作品を作りたいな、そういうところで歌いたいなと思って。まあ、それはいまも思ってるんですけどね。でもやってくうちに、自分はあんまりいろんなことができないんだな、曲作って歌うことしかできねえなって気付いてきて。
――打ち込みやほかの楽器まで手が回らないと。
蛯名 まあ、そうですね。で、ちょっと一回、バンド演奏でやろうかなと思って、2年半ぐらい前から人の手を借りてやるようになったらすごい歌いやすくて、やりやすくなったんですよね。でも、そのときもまだ変なこだわりが残ってて、完全に踏み切れてなかった。もうちょっと隙間のあるサウンドだったんです。それを吉村さんが観て、俺のなかにまだあるモヤモヤしたところ(笑)を壊してくれたんじゃないかな。
――では、逆に吉村さんが守ってくれたところというのは?
蛯名 やっぱり、俺の歌とか歌詞とか世界とかですね。今回、吉村さんと一緒にやったことで俺の世界が増幅されたし、より広がって強くなったから、わかりやすくなったと思う。そういう意味では、吉村さんって俺のなかでは先輩っていうよりも俺自身なんですよね。最初にブッチャーズ聴いたときも、おこがましいけど自分の作品みたいだって思ったし。逆に吉村さんもたぶん、同じように思ってくれてるんじゃないかな。ちょっと変な関係なんですけど(笑)。
▼Discharming Man、キウイロールの作品
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