Discharming Man 『dis is the oar of me』 5B/TRAFFIC
恐らく、彼の歌があまりにも無防備だったから、油断したのだと思う。アカペラで始まる“因果結合666”を初めて耳にした際、筆者はこの曲を最後までとおして聴くことが出来なかった。彼の歌が突きつけてくるモノは、素の自分にとってはあまりにも大きかったからだ。そのとき胸に去来したのは間違いなく感動と呼べる心持ちだったが、その根本にあったのは何だったのか。安堵なのか、焦燥なのか、喜びなのか、哀しみなのか……よくわからない。もしかしたら畏怖であったのかもしれない。
彼、つまり元キウイロールの蛯名啓太によるソロ・プロジェクト、Discharming Manがいよいよ全国デビューを果たす。バンド解散後、札幌に帰郷した彼が発表した前作『Discharming Man』はキウイ時代のポスト・ハードコア的なサウンドから一転、アブストラクト~エレクトロニカ色が強く表出した作品だったが、新作は気心の知れたサポート・メンバーと作り上げたライヴ・レコーディング盤だ。ピアノ、ドラム、ベース、ツイン・ギターとの6人編成のなかには、いちギタリスト兼プロデューサーとして吉村秀樹(bloodthirsty butchers)も参加している。収録曲は、自身のレーベル・5Bから送り出した自主制作CDや新曲から厳選されたナンバーに、キウイの未発表曲“white”も加えたほぼベスト的な内容。よって、別ヴァージョンがすでに披露されている曲がほとんどだが、たとえば前作では電子音が担っていた浮遊感をギターのディレイが引き継いでいたり、ミディアム~ダウン・テンポ、かつ長尺な楽曲が流れるように配されていたりと、大元の方向性を極端に転換したという印象ではない。ダビーなエフェクトが施された重厚なバンド・サウンドが無垢な言葉と雄大なメロディーをより際立たせており、喪失感や虚無感と闘いながら、なりふり構わず前に進もうとする歌世界を生々しく浮かび上がらせている。何が壊れても、何を失っても蛯名が歌い続けるのは、それが彼にとって生きるということだからなのだろう。その切実さに心が震える。
エモーショナル・ナントカと呼ばれる音楽たちのなかで、圧倒的なエネルギーを放つ本作と真っ向から対峙できる作品は、果たしてどれだけあるだろう? 蛯名が全国への船出のために選んだ11の櫂――『dis is the oar of me』は、多くの人に届いてほしい名盤である。
- 前の記事: Discharming Man(3)